“ヒューマンコーチ”の価値はどうなるか

生成AIには意識が芽生えている、いずれ意識をもつ・・・そんな研究や予測が飛び交うようになっています。一方で、そもそも意識が何なのかが不明確なのだから、そんな議論は意味がないという意見もあります。

いずれにせよ、LLM(大規模言語モデル)や、それを実装した生成AIの想像を超えた進化は、私たちが人間としての価値や意味を問い直すことを余儀なくしているようにみえます。

ここでは、「人間としての価値」をブレークダウンして「コーチとしての価値」ということを、探求の背景画面に据えてみます。20年前には想像すらしなかったAIコーチングサービスの出現は、まさしく“ヒューマンコーチ”の価値を問い直そうとしているからです。

AIが苦手なことを人間は上手くできるのか

コーチングのなかで出てくるクライアントからのさまざまな情報や、その人が属する業界のデータ、周縁で起きている事象。これらを整理、分析して客観的に理解し、コーチングという会話の筋道をつくり、効率的にセッションを進行する。

ごく単純な一つの目標に向けた進捗管理や通り一遍のはげましといったことだけではなく、このような多面的な要素を扱うことさえも、AIコーチはコーチングの腕を磨きつづけています。

だからヒューマンコーチに求められるのは、クライアントとの関係性を察知することや、その人特有の微妙な思考の癖が会話に及ぼす影響、決して口にしないが何となく制約条件をつくっていそうな信念など、より複雑で曖昧、非連続的にコーチングのなかに現れる揺らぎ。そういった力学をとらえる感覚であり、その力学のなかでプロセスを管理する敏捷性=アジリティです。

と、こういったことが昨今は強調されることが増え、多くの研究から感情的知性=Emotional Intelligence(以下EI)の重要性が再認識されています。

しかしAIはそういう曖昧なことは苦手だからといって、待ってました人間の出番ですと言えるのか。EIの研究においては、以前よりも人間の感情的な能力が下がっているという報告もあります。

AIがEIで人間を上回った?

学術誌Communications Psychology(2025年5月)掲載の論文では、6種類のLLMに対して人間に提供しているEI検査を実施したところ、使った5種類のアセスメントのすべてで、LLMのスコアが人間の平均を上回ったと報告されています。これらのアセスメントのなかには、私たちMBCCがパートナーシップを結んで提供しているシックスセカンズ社のSEIも含まれます。

いったんEIを、「自他の感情に気づき、活用する能力」と押さえておきましょう。そう聞くと、それはAIに感情があるということか?と、混乱しますよね。ここは整理しておく必要があります。

AI(正確にいうと、この研究の対象はLLM)は人間の感情の認知や表現を、統計的なパターンによって認識しています。その認識があるので、私たちがクライアントに提供しているようなアセスメントに回答することができるのです。しかし感情を直接的に経験しているわけではありません。

意識を研究する哲学者ネド・ブロック(ニューヨーク大学 哲学・心理学教授)の表現によれば、AIが持ち得るのは情報として利用できる感情(アクセス意識)です。たとえば「真っ暗闇だなあ」という認知や、その状態がもたらす思いを、膨大なパターン認識にもとづいてつかみ、理解し、活用できるのです。

他方、「真っ暗闇だなあ」という質感が湧き出て、直接的にそれを経験しているわけではなく、これが人間ならではの身体性を持つ経験だとブロックは主張します。しかしブロックの主張に対する批判的論考や他の最新研究をふまえて、AIには現象意識はない、今後も持つことはできないと断言するのは、ここでは控えておきたいと思います。

少なくとも2026年という現時点において、身体的な経験、その質感の共有、そこから生まれる非連続で有機的な会話や関係性は、人間だけが担う世界だといえるでしょう。それが人のキャリアや人生に伴走し、不確実性の高い環境に生じるさまざまな要素を包み込みながら話し合い、個人または集団としてのクライアントの可能性に関わるヒューマンコーチのリソースです。

しかしいったん繰り返しておきたいのは、たとえ直接的な経験ではなくても、AIはこうした流動的な世界を扱うのに不可欠なEIを“平均的な人間以上に”活用しているということです。だからこそ人間が生成AIと共存していく世界では、人間のみが有するとまでは言い切れないが、人間だからこそ備わっている身体知に戻り、あらためて磨き直すことが大事になるのではないでしょうか。

テクノロジーが感情を侵食する時代

2025年のダボス会議(世界経済フォーラム)では、2030年に向けて重要なコアスキルが大きく変化すると予測し、リーダーシップ、社会的影響力、共感、傾聴を最も重要なスキルに加えています。これらはすべてEIを構成する要素です。

こうしたスキル開発のニーズは、生成AIがさまざまな場面で実務を担い、競争力の源泉になるからこそ高まっているといえるでしょう。

適切な問いを立てること、倫理的な緊張に敏感であること、人類史レベルの変革の渦に投げ込まれる自分や他者を受け止め、気づき、受容すること。こうしたことが基盤となってこそ、私たち人間は、社会の発展にも崩壊にもつながるAIの管理能力を携えることができるのだと思います。

これらの大きな話を、最新の研究からかみ砕いていくと、コーチングにおけるEIの重要性が際立ってきます。以下は、テクノロジーが人間の感情にもたらす影響として、かなり研究が進んでいるものです。

1.Technoference(テクノファレンス)

スマホが家族や友人間の会話に入り込む現象。たとえばスマホを見ながら子供の話を聞いている父親。友人同士のグループでレストランに行き、オーダーを待つ間に全員がスマホをいじっている。

テクノファレンスの多いカップルは関係への満足度や幸福度が低く、うつ傾向が高いという研究が複数あります。

2. Emotional Labor in Digital Contexts(デジタル上での感情の演技・管理労働)

従来から感情労働という概念があります。これは自分ほんらいの感情を抑えて別の感情を持つかのように人と接する負荷をかけた労働を意味しますが、オンライン会議やSNSで自分を飾ることによって、従来からある負荷が拡張されるという研究が増えています。

3. Affective Computing(アフェクティブ・コンピューティング)

これは前半で述べてきたことそのもので、AIが人間の感情を認識して反応したり、人間と同じ感情を持つかのように働きかけることです。実際は人間が経験している感情の外側にある信号を処理する技術ですが、そのあまりに精緻な技術から発信されてくるものによって、“私とAI”、“私と他の人”という関係性の境界域が見えにくくなる恐れが指摘されています。

感情の劣化を防ぎ、耕すコーチの役割

これらの影響を俯瞰的にとらえ、まず自分がどんな影響を受けているのか(受ける可能性があるのか)に気づき、適切に自分を管理する。これが十分にできないと、24時間オンラインで繋がり、いつでも生成AIと話せる状態が、本質的な感情の劣化を招いていく危険性も指摘されはじめています。

この危険性ということの根底にあるものは、生身の人間と人間がぶつかったり、仲良くなったり、結ばれたり、離れたりすることを通して味わう深さ、そこにしかない命の躍動を知覚できなくなることではないでしょうか。

なかなか正解が見つからない状態・・・このとき答えはないけれど、モヤモヤや悶々とした感覚という質感はありますよね。それは求めているものではないにせよ、何かを目指しているという生命の実感ではあります。想像したいのは、この実感が失われていくとき、人間はどうなっていくのかということ。

利害が絡み合って一つの正解が出せないような局面で、反応的にならずに間をつくること。保身に負けずに正義を貫こうとすること。恥ずかしいという思いを背負って正直に伝えること。

生成AIが読み取る過去のパターンでは導き出せない未来に向けて、これから私たちに求められるのは、知覚する命そのものであること。そのためには、言語化できない感情への気づきと、感情に対処する知性を耕し続ける必要があると思います。

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