~ICFの新しい評価システムに対する問題提起~
ICFのコアコンピテンシーは、今日においてコーチング教育のグローバルな指針の一つと評価するのは言い過ぎではないと思います。たとえば世界的な傾向として、エグゼクティブや従業員のために外部コーチを探している企業や、コーチングサービスを提供するプラットフォーマー(コーチを登録してクライアントとマッチングさせるサービス事業者)は、PCC(ICFの認定コーチ)であることをコーチ起用の要件に加えていることが多いです。また調査でもコーチに専門資格の保有を望む傾向は明らかです。(参照:ICF Global Coaching Study)
ここでは、そのICFコアコンピテンシーのなかで基盤に位置づけられている「コーチングマインドセット」に焦点を当てます。それがどういうもので、なぜ基盤なのかを整理した上で、2027年から施行される新しいICFの認定システムとの関係も明らかにします。
このコラムを通してコーチングマインドセットの重要性を再確認するとともに、ICFの新しい制度は本当にコーチングマインドセットを強化する施策となるのか、私が懸念するクリティカルな観点も含めて考えてみたいと思います。
コーチングを「する」以前の前提としての能力
では、まずコアコンピテンシー(コーチングの実践者に要求される核となる能力)の大事な本質を押さえるところから。
コーチングというと決まった会話のやり方があり、質問や褒め方のようなスキルを使いながら会話のパターンを覚えれば誰でもできるという、とんでもない誤解が笑えないくらい広がっているようです。
何度でも強調しますが、そんなものはコーチングではありません。
コーチングの「核となる能力」は、多様な文化やそれぞれの経験を超えてすべての実践者が共有する価値観とは何か、に支えられています。ここではICFのフレームを前提にして説明しますが、他の主要なコーチング団体(EMCC GlobalやAC)などの考え方も論理は共通しています。
仕事に取り組む上での価値観を揃えることによって、はじめて対人支援者としての職業倫理を明確にすることができます。これはとても重要なポイントなので例を上げて説明します。
価値観の一つであるEquity(公平性)=『コーチングの考え方を用いて他者のニーズを探求し理解する姿勢を貫き、常に公平なプロセスを実践することで、すべての人に平等をもたらす』の中に、次の項目があります。
< 社会的多様性、制度的平等、制度的抑圧を理解し、それらを認識するとともに、コーチングの専門職においてそれらがどのように現れるかを探求する >
これらは英国や米国から発展してきたコーチングが世界に拡がるなかで、異なる宗教や歴史、社会的文脈に対して、どのように作用するかということに常に敏感でなければならない――ということを示しています。
たとえば個人主義の社会や職場で交わされる議論が、集団主義の社会や職場ではハレーションを起こすかもしれません。A社会では「ふつうの会話」だけど、B社会では「人を傷つける会話」になるかもしれない。その逆もまた真なり。
したがって倫理的な行動の選択は、自分がどこにいるか、そこで何が起きているかによって違ってきます。唯一絶対の正解がない倫理を模索するためには、共通の価値観が必要なのです。
コーチングという「家」の基礎
このような価値観・倫理と合わせてコーチングの能力を構成する「基盤」とされるのがコーチングマインドセットです。
Embodies a Coaching Mindset(コーチングマインドセットを体現している)――は、10項目のサブコンピテンシーで構成されています。
(参照:ICF Coaching Competencies)
価値観・倫理がコーチを専門家として存在させる強固な土壌だとすると、その上に打ち込まれる基礎がマインドセットだと思ってください。コーチングを統合的に理解せず単に「対話の仕方」として伝えるのは、軟弱な地盤に不十分な基礎をおいて、立派な上屋を建てようとするようなものです。
人の話をよく聴く、相手が表明したことを承認する、相手のアジェンダに沿った適切な質問ができる。これらはコンピテンシーの上屋です。上屋から取り出した技法を使えても、土台が空っぽで倫理やコーチングマインドが基準に反していればコーチングではありません。一つ具体例を上げてみます。
コーチングマインドセットの最初に出てくるサブコンピテンシーは、「クライアント自身に選択の責任があることを認識している」――です。
この理解が不十分だと、コーチがクライアントの責任を引き受けてしまうような関係性、会話の流れになるかもしれません。またコーチが主導してクライアントを操作する会話になる恐れもあるでしょう。
表向きはコーチングぽい会話になっていても、必ずどこかで問題が生じます。ただこれに関してはコーチングを学ぶ上で、また教育プログラムを提供する上で難しいことがあります。コーチのマインドセットがどうであるかは、一回のコーチングセッションで確認できるものではない、ということです。
先の例でいえば、自己責任を明確に意識しているクライアントとの会話であれば、どこかでコーチが“自分でクライアントの問題を引き受けてしまう傾向”があったとしても、それが顕在化しない可能性があるからです。
したがって「クライアントの考えを聴く」という行動レベルのスキルは観察できたとしても、コーチングがクライアントの自己責任を前提にした関係性であることを、コーチが自身のマインドに定着させているかは観察できません。
こうした背景からコーチングマインドは認定に向けた現在の技能審査の項目になっておらず、ICFによる最終審査(筆記試験)で扱うものとなっています。これは実際のコーチングの状況に依存する倫理についても同様です。
いかにコーチのマインドセットを形成するか
さて、ICFは2027年から現在のパフォーマンス評価(認定プログラムの最終段階で提出したコーチングの録音にもとづいて技能審査を行い合否を出す)から、形成的評価(formative evaluation)に移行します。ここで大きな比重を占めるようになるのが1on1のメンターコーチングです。メンターコーチはメンティー(平たく言えば受講生ですが)のコーチとしての実践を録音で聴いて観察し、世界共通のフォーマットで評価します。これは現在のような合否を出すものではなく、どのコンピテンシーをどのように実践しているか、実践できていないかを可視化し、継続的にスキル形成を支援していくものとなります。
つまり一発勝負の合否判定はなくなり、複数回の観察とメンターコーチングを通して能力がどこまで定着したかをみていくことになります(ACC認定に向けては3回、PCC認定に向けては4回)。そして最終的にはICFがレビューシートと呼ぶフォーマットで、これまでの形成過程を総合した到達度をまとめます。
ここで私は2つの懸念を抱いています。一つ目は、技能の到達度に関する最終評価がメンターコーチに委ねられることです。
ICFは現在のような「合否を判定するアセスメント」を廃止すると言っていますが、一回の録音による審査がなくなるだけで、複数回の観察結果を取りまとめたレビューはスコア化されます。これは実質的にアセッサーが行ってきた合否判定を(厳密には複数のアセッサーの評価を取りまとめ、一定のアルゴリズムにもとづいた客観的なディレクターによる判定)、特定のメンターコーチが行うことに近いのではないか。
マインドが醸成されないままスキルを積み上げる危険
ICFは新たなメンターコーチの基準を作って新制度の円滑な運用に向けた準備を急いでいますが(私たちも!)、気になることは山ほどあります。多すぎるので、ここではコーチングマインドセットに直結する二つ目にポイントに移ります。
前述したように、現在のパフォーマンス評価では一回のセッションで判断できないコーチングマインドは、アセスメント対象として扱われていません。では来年からはじまる形成的評価ではどうなるかというと、同じように観察の対象外です。倫理やマインドセットという基盤を考慮しながら観察する・・・といった、メンターコーチに対する留意点は入っていますが、これが世界中にどう伝わるかは微妙な気がします。
ICFはメンターコーチングの解釈や質のバラつきを問題視しており、それに対処するためにMCS(Mentor Coach Specialization)という今後のメンター向けの教育、認定制度をつくりました。メンターがメンティーの成長に向けて継続的に関わることは、ICFの考え方の枠を超えたメンタリングの本質に沿ったものだと思います。しかし、そこに能力を形成していくための基盤であるはずの倫理とマインドセットが抜けている(少なくとも明確な観察対象とされていない)のは、多様なメンティーがいることを想定した場合、とても危ういことのように思えます。
ある割合のメンティーは、コーチングマインドの素養を備えているでしょう。そういう人たちに対しては、より実践的なスキルを形成していくことに焦点を当てたメンターコーチングをしながら、さらなる基盤の強化をはかることができます(ただし、基礎と上屋の統合をメンターコーチが意識できることが前提だが)。
しかしある割合のメンティーは、場合によっては10回のメンターコーチングをコーチングマインドセットの醸成に費やすことが妥当かもしれません。たとえば2025年のコアコンピテンシー改訂で更新された次のサブコンピテンシーをみてください。
< 各セッションの準備段階、セッション中、そしてセッション後において、感情的・身体的・精神的な健全さを維持する >
これは従来の
< セッションに備え、精神的及び感情的な準備をしている >
から更新されたものです。
対人支援の専門家として、いかにコーチ自身が日常から自分の健全な状態に注意を向け、自己管理の術を持っていることが重要かを強調しています。
もしも忙しい日常に内面が影響されやすいメンティーがいたら、その思わしくない状態のまま、実践できた行動やできなきなかった行動を扱うのか。それとも自分の状態に何が影響を与えているのかを、立ち止まって一緒にふりかえるか。
おそらくICFは、実践スキル以前の基盤を視野に入れたメンターの関りを前提にしているのだと思います。しかし世界共通のメンターコーチング用のフォーマットは、こうした根本的な自己管理を“形成的に観察する”ものにはなっていません。
だからけっきょくメンターの力量次第で、こうした基盤の形成がなされないまま進んでいくことを危惧します。
コーチングマインドセットを磨く10の問い
面倒なことを言わなくても、合格できればいいじゃないか・・・と考える残念なメンティーに合わせる(とんでもない!)ならば、これまでのパフォーマンス評価で認識されている問題は残ると思います。それどころか場合によっては、さらに問題が拡がる可能性もあると私は考えています。
制度変更は来年からですが、学習指針として大切なことは同じです。それは「要求されている水準を満たすコーチング実践の再現性」です。
そして、その再現性を支える土台がコーチングマインドセットであるということは、どれだけ強調してもし過ぎではないと私は考えています。
その理由を明らかにするために、「コーチングマインドセットを体現する」の全体を示し、それぞれ考えていただくための問いを付け加えておきます。
2.01.クライアント自身に選択の責任があることを認識している。
⇒明らかに「間違った選択をしている」と、あなたがコーチとして内心思ったとき、あるいはクライアントが反社会的な判断をしようとしているとき、あなたはどう対処するか?
2.02.コーチとして継続的な学習と能力開発を行っており、最新の実践法やテクノロジーの活用への意識を保っている。
⇒あなたは今後5年間のテクノロジーの進化をどのように予測し、それに対してどんな準備をしているか?
2.03.コーチング能力を向上させるための継続した内省的実践を身につける。
⇒コーチングの実践を効果的に振りかえるために心がけていることは何で、その心がけはどんな成果を上げているか?
2.04.常に自身と他者のバイアスや状況、文化の影響を意識しつつも、それにとらわれないでいる。
⇒バイアスを認識した上で、とらわれずに対処した具体的な事例は?
2.05.自身の気づきとその場での直観を使って、クライアントに恩恵をもたらしている。
⇒コーチングにおいて直観を使うときの注意点は何か?
2.06.自らの感情を認識し、適切に活用する能力を開発し、維持する。
⇒感情を認識することと活用することの間にあるギャップは何か?
2.07.各セッションの準備段階、進行中、セッション後を通して、自身の感情的、身体的、精神的な健全さを維持する
⇒健全さを維持するために習慣化していることは何か?最も困難な状況にあるとき、それはどのように役立っているか?
2.08.必要に応じて外部情報のサポートを求めている。
⇒あなたがコーチとしての責任をはたすために、どんな専門家や助言者を確保しているか?それはどんな基準で選んでいるか?
2.09.自分自身、クライアント、コーチングのプロセスにおいて、開放性と好奇心を育む。
⇒自分に対する開放性と好奇心が機能していることは、コーチングの実践においてどのように証明されるか?
2.10.自身の思考や行動がクライアントに影響を及ぼすことを認識している。
⇒コーチングの最中に、あなたが及ぼしている(かもしれない)影響を、どのように管理しているか?
心がけでは磨けない
こうやって上げてみると、これらの能力の形成を明確に意識しないメンターコーチングなど成立するのだろうか、と個人的には思います。
もちろん私たちMBCCとしては、たとえ来年からのメンターコーチングが今までのパフォーマンス評価(一発勝負の録音審査)と同じように倫理やマインドセットの形成を(実際的には)パスする構造であったとしても、“今までと同じように”、常にこの基盤を重視していきます。
誤解のないようにしておきたいのですが、ICFが倫理やマインドセットを軽視しているわけではありません。むしろ極めて重視していると思います。しかしそれが方法論に反映されているかには疑問が残ります。
倫理は覚えて済むことではないし、マインドセットは自覚すれば保てるものではありません。基盤を磨くための方法論が必要です。そこに私たちは目を向けて、「AIではなく、あなたに話したい」と言われるコーチ、コーチングを活用するリーダーやマネージャーを養成していきます。
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コーチングマインドセットを構成するコンピテンシーは、示し合わせたかと思うくらいエモーショナルインテリジェンス(感情的知性=EQ)のコンピテンシーと重なり合います。
そこでMBCCではグループコーチング形式でEQ開発を実践的に促進するプログラムをスタートします。

