「それではブレイクアウトルームにお送りします。いってらっしゃい」

オンラインの実習で、「いってらっしゃい」と実践の部屋に送るたび、ある種、道場のような修行の場へ送り出すような気持ちになります。

知識として学びを深めることは、とても大切なことです。

しかし、どんなにコーチングの理論やコアコンピテンシー、倫理規定を読み込んでも、実践なしにはコーチングは身につきません。

教本をいかに読破しても、氷の上に立たなければトリプルアクセルが飛べないのと同じように。

基礎エッセンシャルズ・実践クラスは、マインドフルコーチングの文字通り実践の場です。
これまで頭で学んできたことを、今度は実際に「やってみる」。
そして、これがおどろくほど難しい。

ほどなくして受講生は、「わかる」と「できる」はこうも違うものかと気づいていきます。

そして、「わかったつもり」で満足せず、できるようになるために、泥臭く失敗してでも、実践を繰り返していくことの大切さを体感していく。
そうやって、基礎コースエッセンシャルズの実践クラスは始まっていきます。

いまどきは、なんでも答えらしきものがインスタントに与えられる時代です。
そんな早いときの流れのなかで、大の大人が、人前で、学んだことをいざやろうとして「できない」。
これは、なかなかこたえる経験です。

実習のとき、受講生が「すみません、できませんでした」と、セッションを中断することも珍しくありません。
画面越しからもつたわってくる、紅潮した頬、あるいは青ざめていく顔。うつむき、肩を落とす様子。
それでも、その「できなさ」を抱えながら、失敗を成長の機会と捉えて実践を重ねていきます。

受講生たちは、あらかじめ、自分は何のために学ぶのかを考える機会を与えられ、自分と深く向き合っています。
だからこそ、主体的に試行錯誤し、こつこつと振り返り、新たな成長の余地を見出していく、そういった自律的な循環がうまれていくのでしょう。

さらには、「できなさ」や「わからなさ」に向き合うなかで、恐れや焦り、不安……そういった心地よいとはいえない感情とともにとどまり、ネガティブ・ケイパビリティという感覚にも触れていきます。
それとともに、クライアントの抱く感情に対しても(それがたとえ心地よくないものであったとしても)、ありのまま受け取り、その場に共に在り続けるということの意味が、少しずつ腹落ちしてくる。

マインドフルコーチングを学び、瞑想などを通して、評価や判断をせずにありのままを受け取る訓練は、コーチングのその瞬間だけにとどまりません。
それは、ありふれた日常のなかにその機会を見つけ、自分の生活に息づき、そして人生そのものへと広がっていくのです。

学びが深まるにつれて、受講生たちは、人は同じ人間でありながら本当にそれぞれ違うということを深く理解していきます。
考え方も感情の表れ方も実に多様であり、だからこそ、思い込みではなく、相手に確認することの大切さを実感していく。
日常のなかでも、自分と違う人々、違う意見、違う価値観に出会ったとき、それがたとえ不快に感じられるものであったとしても、それらとともにあるということを目指し、ひとりの同じ痛みを分かちあう人間として理解しようと挑戦をする。

そしてやがて、マインドフルコーチングというひとつの技術の習得というものは、単なるスキルアップにとどまらず、いつしか自分の存在そのもの、自分自身の変容につながっていたのだ、と、気づくときがくるのでしょう。
そしてそれこそが、フレームワークやパターンの認識といったスキルを超越したその先にあるもの。ただ、そこに在る、という存在そのものが変容を促す、目に見えない熟達への入り口なのではないかと思うのです。

この3月、基礎エッセンシャルズ19期が終わりました。
私自身も卒業したこのプログラムが、この期をもって一つの大きな区切りを迎えることもあり、なんともいえぬ名残惜しさが胸に広がります。

真偽のわからない情報にあふれ、分断が色濃くなり、高度なテクノロジーが世界に浸透していくいまの時代。
これまで身につけた共感と思いやりの心を携え、共生の心を宿して、受講生の皆さんはそれぞれの日常へと還っていきます。
そして気がつけば、まだ肌寒さが残るなか、見上げれば、そこに開きはじめた桜とともに、新しい季節が始まりを告げています。

自分と、人と、世界と、新しい目でつながる半年を経て、19期のみなさまたちは、これからどんな世界の扉をひらくのでしょうか。

画面の中のワークではなく、それぞれの人生という、待ったなしの「実践の部屋」へ。
また、送り出す気持ちで、卒業をお祝いしたいと思います。

「いってらっしゃい」