脳科学が明かすマインドワンダリングとデフォルトモード・ネットワークの関係性と創造性
予想外の「ふとした瞬間」に、新しいアイデアを思いついたり、ひらめいたりすることはありませんか?
これは単なる偶然ではなく、「デフォルトモード・ネットワーク」(Default Mode Network=”DMN”)と言われる脳の領域に関係がありそうだ、と最近の脳科学研究で解明されはじめています。
さらに「マインドワンダリング」(思考が目の前のタスクから離れ、心がさまよっている状態、)とDMNには密接な関連がある、という研究も進んでいます。
「マインドワンダリング」と「マインドフルネス」
この「マインドワンダリング」について、よく「マインドフルネス」と相反するネガティブな状態だと誤解されていることがあります。
だとすればMBCCのマインドフルコーチング®はマインドフルネスを基盤にする一方、マインドワンダリングは回避するべき状態ということになりますね。
しかし実はそうではありません。マインドワンダリングには創造性を導くような働きがある、というリサーチが発表されています。マインドフルネスとともにマインドワンダリングもたいせつな意味があるのです。
ところが昨今のマインドフルネスブームでマインドフルネスのメリットばかりが強調されがちだからこそ、マインドワンダリングは、集中力が無く、効率的ではない、「望ましくない状態」である、と思われがちかもしれません。この誤解を解くことによって、マインドフルコーチング®が意味することの重要性が、さらに明確になってくると思います。
まだ進行形の研究分野ですが、マインドワンダリングについて正しく理解し、そのメリットを上手く取り入れることは、人間の創造性を更に開花させることに一役かいそうです。また、過度にマインドフルネスだけに執着することからも解き放たれるかもしれません。(もちろん、マインドフルネスのメリットは非常に大きなものに変わりはありませんが)
脳のデフォルトモード・ネットワーク(DMN)とは?
“脳の十数カ所以上の領域を結ぶDMNは、集中力を必要とする仕事に取り組んでいるときよりも、「マインドワンダリング」(心がさまよっている状態)や受動的作業の際に活性化することが、研究で明らかにされている。ひとことでいえば、DMNは「人間が能動的に活動していないときの脳の状態」だと、認知神経科学者で米ペンシルベニア州立大学の創造認知神経科学研究室を率いるロジャー・ビーティー氏は説明する。”(「斬新なアイデアをシャワー中にひらめくのはなぜか、進む研究」より抜粋、以下「シャワー中にひらめくのはなぜか」、ナショナルジオグラフィック2022年8月掲載)
簡単に言えば、DMNは、ぼんやりと過ごしている時に活性化される脳の領域(神経回路)のことです。
認知的努力の高い作業、低い作業、及び休息時(認知的努力が不要な状態)の3つの状態を比較した研究では、DMNは休息時に最も活発になり、次いで認知的努力が低い作業、高い作業の順であったそうです。そして、何かに集中しているときには非活性状態になります。
休息時に活発になるDMNの役割としては、アイドリングのような働きがあるそうです。
脳が完全にオフモードになってしまうと、急な対処が出来ないため、万が一の備えとして活性化されており、必要であれば直ぐに動き出せる状態を保っている、とも言われています。
また、日あたりの脳のエネルギー消費の60~80%を占めているそうです(これと比較して、意識的に努力しているときに消費する脳のエネルギーはわずか5%です)。その為、DMNを働かせすぎると、沢山のエネルギーが消費され、疲労が蓄積して心身にダメージが及ぶことがあります。
例えば、休日に1日中ぼんやりして過ごしたのに、疲れが取れるどころか逆に疲れがたまってしまった、といった経験ありませんか。
DMNと創造性の関係性
DMNのエネルギー消費が非常に高い理由として、ぼんやりとしている裏側では多くの脳の部位が連携して働き、大量の情報を処理しているからだと考えられています。
そんなDMNを構成する領域の一つに「海馬」があり、脳内の記憶を司る役割を担っています。活性化しているDMNは海馬にアクセスし記憶情報の処理を行います。
この「情報処理」とは、散乱している記憶を取捨選択し、分析や統合を行うなどの整理整頓が行われているイメージです。さらに、これらの記憶から起こり得る出来事などを想像したり、対応の仕方を考えたりと、さまざまなシミュレーションが無意識下で行われています。
これにより、DMNが適切に働くと、スッキリした感覚がうまれると言われています。
また、DMNが海馬に溜めた情報を処理する際、膨大な断片情報に同時にアクセスしており、その最中の奇跡的な組み合わせにより「ひらめき」がうまれているとも考えられています。
DMNが活性化していると「新しい気づき」や思いもよらなかった「アイデア」がうまれることが増える。DMNはまさに創造性の根源とも言えそうです。
マインドワンダリングとは?
DMNが活性化する「ぼんやりとしている状態」を、「マインドワンダリング」といいます。
「心の迷走」や「モンキーマインド」などと表現される場合もあります。モンキーマインドは、猿が木の枝から枝へと絶え間なく飛び跳ねる様子に例えた言葉です。思考が集中せずに、雑念が次々と思い浮かんでくるような状態です。
もう少し一般的な言葉としては、「空想」や「無意識の思考」などもあります。
“ビーティー氏によれば、本人の自覚とは関係なく、人間なら誰でも日常的にマインドワンダリングを経験しているが、それにも複数の種類がある。自分の思考をある程度制御したり方向づけをしたりしようとする「意図的マインドワンダリング」と、本人が意図せずとも脳内で起きる「非意図的マインドワンダリング」だ。2021年1月に学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された論文では、脳波測定によって人間の脳活動を記録したところ、非意図的マインドワンダリングが起きている時間が全体の47%に及ぶことがわかった。
とりわけ情報とアイデアの新たな組み合わせが生まれるのは、非意図的マインドワンダリングの方だ。「心が問題から離れて空想の世界をさまよっているときこそ、創造的な思考が生まれるのです」とスクーラー氏は言う。「もちろん、時には問題と対峙しなければならないこともありますが、それが自然にアイデアが生まれる土台となるのです」” (「シャワー中にひらめくのはなぜか」より抜粋)
「マインドフルネスはマインドワンダリングを解消するために大切なのではなく、過剰なマインドワンダリングに気づいて穏やかにするために大切と考えたほうがいい」とMBCCファウンダーの吉田典生は語っています。
「マインドフルコーチング®では、自由なスペースをつくることで創造性を促進します。これが非意図的なマインドワンダリングの土壌ですね。また会話の焦点を定めるなどプロセスを管理することで、無駄な考えすぎを防ぐのもコーチングの大切な機能。こうしてマインドワンダリングを適切に管理していくわけです」(吉田典生)
こどもの「ごっこ遊び」や「一人遊び」では、まさに非意図的マインドワンダリングが起こっていることが多く、空想の世界を自由にさまよい、大人顔負けの発想がうまれることがよくあります。
こうした遊びを通して、こどもは様々な力を養っていますが、その一つが創造性だと言われています。
一方で、大人はどうでしょうか?
特に仕事やタスクに追われていると、なかなか、ぼんやりと空想に浸る時間がないことも多いのではないでしょうか?
参照:マインドフルコーチング®についての詳しい解説は「MBCC®説明会」へ >>
マインドワンダリングのメリットをコーチングに活かす
創造性や記憶の定着など、マインドワンダリングのメリットを得るには、生産性やゴールなどは一旦手放すことが必要です。気持ちに自由なスペースをつくり、心理的安全性が確保された状態(どんなアイデアも良し悪しを問わず、完全に自由に思いをめぐらせることができるような)をつくることが大切です。
「コーチがクライアントの結果を出すために焦って行動を促す、まだ多方面から探求したいのに特定の目標に操作する…といったことを知らないうちにしてしまうことがあります。これではコーチングの本質的な価値から離れ、クライアントの可能性を摘み取ってしまうことになります」(吉田典生)
「コーチングの関係をコーチとクライアントが共につくりながら、今この瞬間の関心がどこに向いているのか、何が起きようとしているのかに一緒に気づいていく。そんなマインドフルネス(気づき)に包まれた状態から、マインドワンダリングが活かされてきます」(吉田典生)
日中であれば、認知的努力をあまり必要としない、慣れ親しんだ活動をするとDMNが活性化されます。例えば、散歩や入浴、ガーデニングなどが代表的ですが、充分慣れ親しんでいて無意識的に活動できるのであれば、料理や掃除、サイクリングなどでも良さそうです。
“瞑想を実践するエグゼクティブは少なくない。だがビジネスパーソンの多くは、そのための時間を取れないと感じてもいるだろう。あなたも同様であれば、思考をさまよわせること(マインドワンダリング)による効果を享受する方法は他にもある。
たとえば、散歩も創造性を高めることが明らかになっている(英語記事)。歩くことで意識が解放され、空想が誘発される。すると、脳が「問題解決モード」に入るのだ(英語記事)。
ベストセラー作家のピーター・シムズいわく、「創意を掻き立てるためにはスペースが必要です。スティーブ・ジョブズは頻繁に散歩をしていました。マーク・ザッカーバーグがフェイスブックの新しい本社の屋上を歩き回る姿を、私はよく見かけます」
グーグルのバスソルムは、体を動かすありふれた行為であれば何でもいいと勧める。「家で掃除機をかける。ジムで有酸素運動マシンに乗る。塀にペンキを塗る。要は、脳を“バックグラウンド作動”状態にさせる活動であれば、何でもいいんです」”
(「一流のリーダーは 「創造性を育む時間」をこうして捻出する」より抜粋、Harvard Business Review 2016年 11月掲載)
日々のタスクをこなしながらも、脳の機能をつかい、より創造性を得るには、集中のオンとオフが必要なことは別の研究からもうかがえます。(参考記事:集中力をコントロールして、創造力を発揮する3つの方法、Harvard Business Review 2017年 6月掲載)
仕事や勉強中に集中力を「オフ」にすることに、程度の差はあっても、罪悪感を抱く人もいるのではないでしょうか。(私もその一人です。)
しかし、昨今の脳科学の研究から、忍耐で集中力を維持しようとするよりも、意識的に「オフ」を取り入れることで、より創造性や記憶力にプラスの影響があることが分かっているのです。
さて、あなたはどんな脳のフリータイムを取り入れてみますか?
そして空想の世界を自由にめぐる時間は、どんな創造性を
うみだしてくれるのでしょうか。
MBCCリサーチ担当 今村佳未