コーチングがスタックしたらどうする?~よくある原因と解決へのヒント~
コーチングが終わった後で、こんなことを思ったことはありませんか?
「今日のコーチングは何だか上手くいかなかったなあ・・・」
そして次のコーチングの前に不安な気持ちになってしまう。これは、裏返せばコーチとしてのクライアントへの貢献心や責任感の現れでもあるのでしょう。しかし、できれば早い段階でこの状態から抜け出し、自信を持ってクライアントの成功によりフォーカスしたコーチングができるようになりたいはずです。本コラムでは、特にコーチング初心者が陥りやすいコーチングがスタックする時の代表的な3つのパターンとその理由や解決策について紹介していきます。
本当の失敗とは、失敗から何も学ばないことである
ヘンリー・フォード
パターン1:「信頼関係」が築けていない
コーチとクライアントの関係性において欠くことができず、コーチングを進める上での土台となる要素は「信頼関係(ラポール)」です。信頼関係が築けていない状態では、コーチングの効果は著しく低下します。なぜならば、信頼関係は、クライアントに何でも話せる安心安全な場を提供し、そこを起点として内省や自己認識を深め、変化や成長に向けた本音での対話ができるからです。しかし、残念ながらコーチが一生懸命にクライアントに向き合っているつもりでも、クライアントとの信頼関係が不十分なケースはよく起こってしまいます。
理由その1:コーチングについての十分な「合意」が成されていない
そもそもコーチングが何をするもので何をしないものなのかについて、コーチとクライアントの認識が合致していなければ、誤解や期待値へのズレが生じます。クライアントが「コーチング」について正しく理解していなければ、クライアントの主体性の欠如、責任範囲や役割に関する誤解がうまれる可能性が高まります。
コーチにはコーチングが何であり、コーチングから得られる価値や金銭的な取り決めなどについての説明責任があります。その上で、クライアントが「コーチングを受けること」を主体的に選択していることがコーチングをスタートする上での大前提です。
特に企業などでコーチングを導入する場合は、契約自体を人事部や企業側で行うことがあり、クライアントは、コーチングの説明や意図を十分に理解していないこともあるため注意が必要です。多忙な業務の合間に「やらされている」という思いでコーチングを受けるような場合もあるため、コーチングが機能しないことも起こります。
また、逆に親しい間柄でのコーチングでは、説明や契約を省くなどの簡略化が起こることもあります。しかし、どんな状況であっても、クライアントがコーチングについて十分な理解をした上で、コーチングを受ける選択をしていることが大切です。クライアントが主体性を持ってコーチングにのぞめるよう、コーチは最大限の配慮を行う責任があるのです。国際コーチング連盟(ICF)が定めるコーチの倫理規定には、下記の明記がされています。
- 初回または事前に、コーチングのクライアントとスポンサーに対し、コーチングとは何であり得られうる価値は何か、守秘義務とは何で何が制限されるか、金銭的な取り決めやコーチング契約のその他の条件について説明し、その理解を確実にします。
- サービスを開始する前に、クライアントとスポンサーを含むすべての関係者の役割、責任、権利に関する合意/契約を作成します。
理由その2:「共感コミュニケーション」の欠如
コーチングの初期段階で信頼関係を築くために、コーチの共感力は極めて重要な橋渡しとなります。初心者のコーチが共感力を持っていないわけでは決してありません。しかし、経験の浅いコーチによく起こるのが、次の質問やステップを考えながらクライアントの話をきくことで話に集中できず、大切な内容やクライアントの表情・仕草などのサインを見逃している、ということがよく起こります。
コーチがオープンな姿勢で完全に傾聴することで、クライアントの気持ちや考えに寄り添った会話がうまれます。人間は誰しも「承認欲求」を持っています。決して否定されることなく自分の話をじっくりと聴いてもらえる体験や、理解を広げていくような質問や姿勢で関わってもらえるプロセスは、安心して本音を話したくなる場となります。ただし、それは「言うは易く行うは難し」でもあります。再現性を持って共感力をコミュニケーションに活かしていくためには、コーチングの型と同じようにトレーニングが必要なのです。
コーチングの場面では、限られた時間内でクライアントとの信頼関係を築き、オープンに何でも話せる安心安全な場づくりをすることが求められています。
コーチが共感的なコミュニケーションスキルを高め、適切に管理しながら活用していくことで、クライアントとの共通理解を広げることができます。その結果として、再現性のある安心安全な「場づくり」や信頼関係の構築につなげていける可能性が高まります。「共感力」がコミュニケーションの質を劇的に変える理由 | Mindfulness Based Coach Camp®︎ (mbcc-c.com) より抜粋
信頼関係を築くためのヒント
コーチングにおける合意形成は、必ず最初の段階で行います。コーチングをスタートする上での必須ステップです。その上で、共感を含め、いくつかのポイントを抑えて日頃から練習しておくと良いでしょう。ここで参考になるのが「オープナー(Opener)」と呼ばれる人達の特徴です。オープナーとは、心理学の世界で使われる言葉ですが、相手があっという間に心を許して本音を話しはじめてしまう、そんな関わりのできる人のことです。
オープナーについては、別のコラム (「心理学から学ぶコーチング~本音を聴き出せる人の特徴~」)で詳しく書いていますので、参考にして頂けるのではないかと思います。ここでは、その中でも紹介している「5 Ways to Get People to Open Up to You(人に心を開いてもらう5つの方法)」について簡単に紹介します。
- 「傾聴」「アクティブリスニング」:相手の話に充分に耳を傾けること。
- 「共感」を表す:これは共感力があるだけではなく共感力をコミュニケーションに反映した関わりができることを指す。
- 「自己認識」を養う:他者と関わる際には、自分の考えや感情を一歩引いて理解できていることが大切。自己認識ができるからこそ、自己管理も可能になる。
- 「オープンクエッション」を使う:「クローズドクエッション(「はい」、「いいえ」で答えることのできる質問)」に比べ、自由な回答ができるため、質問を受けた人は考えや気持ちを表しやすくなる。
- 人の話を聞く喜びを見つける:言うまでもなく、相手が興味や好奇心を持って聴いてくれていることが分かれば、話しやすくなる。
パターン2:コーチング迷路に入ってしまう
コーチング中に、どこに向かって話を進めたら良いのか分からなくなってしまう経験をしたことはありませんか?
特にクライアントが自分の考えや感情、目標やゴールなどに対して明確で無いときは、クライアントは話をしながら新たな思考や気づきを得ていますので、考えや話の流れが変わることはよく起こります。また、テーマとは関係性の低い話題が出てくることや、話がなかなか展開していかないこともあります。
コーチとして気持ちが焦ることや、ゴールに向かう話に軌道修正ができないままセッションが終わってしまうことは、誰でも経験していると思います。しかし、そんな状況がもし頻繁に起こるようであれば、次の2つの理由が当てはまるかもしれません。
理由その1:コーチングの体系的な学習と経験が不足している
書籍や短期的なコーチング学習などでコーチングの知識をインプットしただけでは、「再現性」があり「個別対応」のできるコーチングを提供することは難しいでしょう。どんなクライアントに対しても、一定レベル以上のコーチングを提供するには、ある程度の体系的な学習、そして練習と実践、フィードバックが必要です。
コーチング業界をリードするICFにおける、最初のレベルのコーチング資格(ACC)を取得するためには、 60時間以上の学習と100時間の実践コーチング、加えてメンターコーチングや筆記試験などもあります。個人差はあるにしても、ACC取得までに200時間程度又はそれ以上をコーチング学習に費やしていると言えます。(MBCCにおけるコーチング学習では、基礎エッセンシャルズが、ACCレベルの受験基準を満たす学習内容となります。またメンターコーチングや修了技能審査なども含まれているオールインワンパッケージとなっています)
体系的な学習と実践の両方を通して、コーチングの基本となる「型」(コーチングの基本的な道筋)を習得します。「型」があることで再現性を持ってコーチングを提供することができるようになるのです。また、個別対応は、基本の「型」がある上でのアレンジです。「型」が無いフリースタイルだけでは、クライアントのタイプやコーチングのテーマなどの外的要因に左右されやすく、再現性や安定感といった観点で大きな差が出てくるでしょう。
理由その2:コーチの自己認識と自己管理が不十分
自己認識とは、自分の感情、思考、行動、価値観、強み、弱みなどを深く理解する能力を指します。自己認識が高い人は、自分の内面や外面的な反応に対して客観的な視点を持つことができると言われています。一方、自己管理は、自己認識を基にして自分の行動や感情を効果的にコントロールし、目標達成やストレス管理、バランスの取れた生活を送るなどの能力を指します。自己管理には、時間管理、感情の制御、ストレス管理、自己規律などが含まれます。
コーチの自己認識と自己管理はコーチングを遂行する上での基盤になるとも言えます。クライアントに対して客観的かつ公平な視点を提供することや、コーチング中におこる感情やストレスを上手く活用することができるからです。逆に言えば、自己認識や自己管理ができない状態では、コーチング中の感情やストレスにふりまわされてしまい、自分のことで一杯になってしまいます。そんな時は、クライアントが発する大切な言葉やサインを見落としてしまう、コーチングの「型」のどこにいるのか、必要なことが話せているのか、軌道修正が必要なのかなどの判断が上手くできない状態に陥ってしまうなどの可能性が高まります。
「コーチング迷路」に入らないためのヒント
理由1でも記載していますが、体系的な学びを通して「基本の型」をマスターしておくことで、常に戻れる道筋ができます。これにより、大幅な脱線を防げるようになるでしょう。また、コーチングはコミュニケーションの上に成り立っているため、ある程度の実践の時間と他者からの評価やメンターコーチングなどを成長マインド(結果がどうあれ、そこから学ぶ姿勢=マインドセット)で受け取り、改善に向けた実践を繰り返すことでコーチとしての成長が見込めます。
理由2に示した自己認識や自己管理を養う方法の一つとしては「マインドフルネス」があります。マインドフルネスについては、マインドフルネスの実践者に聞いた「習慣化」のコツに基本的な情報を書いていますが、マインドフルネス研究で世界的に有名なジョン・カバット・ジン博士は、マインドフルネスをこのように定義しています。
意図的に、今この瞬間に、評価判断なく注意を払うこと
Paying attention in a particular way : on Purpose, in the present moment,
and non-judgmentally.
現在では、マインドフルネスはビジネスや医療、コミュニケーションなどに広く活かせることが認知されている一方で、「マインドフルネス瞑想」ときくだけで自分とは少し遠い存在だと思われる方もいるでしょう。マインドフルネスの実践には様々な方法がありますが、もし一人で実践することが難しいと思うのであれば、瞑想会などに参加することやジャーナリング講座などを受けるのも良いかもしれません。MBCCでも定期的に瞑想会を開催しています。どなたでも参加できますのでリソースの一つとしてご紹介させて頂きます。(次回の瞑想会のご案内はこちら→【7月8日】マインドフルネス瞑想会「がんばらない呼吸瞑想(2)」 )
MBCC®におけるマインドフルコーチング®の核は、コーチ自身の自己認識力と自己管理力を、マインドフルネスを通して培い、コーチングの基盤としていることです。
コーチの自己認識力と自己管理力がクライアントの状態にも影響を与え、クライアントのマインドフルネス(言い換えればオープンな心で内省し、大切なことを探究するコンディション)を生み出すことを助けます。
コーチとクライアントのマインドフルネスな関係性が、さまざまなコーチング技法を状況に応じて最適化し、必要な実践をすること、不必要なスキルは手放すことにつながります。
パターン3:コーチが解決モードになっている
コーチングの大原則の一つ「答えはクライアントの中にある。」
これはコーチング学習者であれば一度は聞いたことがあるはずです。
ここで言う「答え」とは、世間が考える「正解」ではなく、クライアントの価値観や考え方などに合致したクライアントが見つけ出す「答え」のことです。しかし、この原則は、頭で理解することは簡単ですが、実際のコーチングの場面ではコーチが解決モードに入り「答え」を誘導していることはよく起こります。特にクライアントが行き詰っている時は、何とかしたいという思いからコーチが考える「答え」に誘導するような質問、アドバイスや意見を自ら話してしまうようなことが起こりやすくなります。もしかしたらクライアントはコーチからの助言やヒントに助けられたと思うかもしれないにせよ、コーチの解決モードがクライアントの内省や問題に向き合うチャンス、その結果として得られるクライアントなりの「答え」を奪うことは、クライアントの可能性を広げたとは言えません。
理由その1:「コーチ」と他の専門職や役割との違いの理解が不十分
コーチは、類似する他の専門職(カウンセラー、コンサルタント、アドバイザー、メンターなど)とはアプローチが異なります。類似する職業や役割との違いを十分に理解し、勝手にコーチの領域から出ないようにしなければなりません。コーチは常にクライアントにフォーカスしている必要があります。クライアントの悩み、望むこと、そして取るべき行動などの道筋について、クライアントが主導権を握れるようにするのがコーチの役割でもあります。そのためには、クライアントの価値観や思い、内省を大切にしながら、新たな気づきや視点を得ていくようなスキルや在り方が求められているのです。
理由その2:同じ経験をしているからこそ解決モードのスイッチが入る
自分が経験した悩みや境遇と同様の状況を抱える人が目の前にいたら、良かれと思い意見やアドバイスなどをしてしまうことは、日常ではよくあることでしょう。特に業務上の先輩や上司、特定の経験(例えば、初めて管理職になったケース、転職、離婚経験など)をしている場合はなおさらです。しかし、そのような状況であったとしても、クライアントにとっての「答え」を見つける伴走者となるのがコーチの役割であり、クライアントの可能性を信じるのもまたコーチが担っている役割でもあります。
コーチが解決モードに陥らないためのヒント
解決モードを手放し、代わりにクライアントが自ら解決していくために、コーチとして何が出来るのかを考えてみて下さい。それは、クライアントが自分自身をより深く理解するために、じっくりとクライアントの言葉で話す場をつくることかもしれません。または、クライアントが新たな視点で物事を考えられるよう、行き詰まりを突破していくような「質問」かもしれません。(質問についての参考記事:35 Coaching Questions for When Your Client Is Stuck(クライアントが行き詰まったときに役立つコーチングの質問35選) いずれにしてもフォーカスすべきはクライアントであり、コーチの考えや意見は一旦心の隅に置いておく必要があるのです。
よくある間違いの1つは、傾聴モードではなくアドバイス モードに飛びつくことです。コーチングの初期段階では、クライアントについてできる限りすべてを学ぶことが重要です。まずは、問題点を聞くだけでなく、その問題で苦しんでいる人を理解するために、熱心に耳を傾けることから始めてください。成長マインドセットを持つことは、コーチングを受ける人を最も効果的にサポートするために重要です。
One common mistake is to jump into advising mode instead of listening mode. Early in the coaching engagement, it is critical to learn everything you can about the client. Start by listening intently to hear the issues as well as to understand the person struggling with the issues. Being in the growth mindset will be critical to how you best help your coachee.
ケリー・ ファン、コーチケリーファン[Kelly Huang, Coach Kelly Huang] | 14 Common Mistakes New Coaches Make With Their First Clients(新米コーチが最初のクライアントと犯しがちな14の間違い) forbes.comより抜粋
コーチが自分の可能性を100%信じる
今はベテランコーチと呼ばれる方達に新米コーチだった頃の話を聞けば、殆どの方が本コラムで紹介したようなコーチング中の失敗談を持っています。もしも今、コーチングがスタックする不安を抱えているのであれば、まずは「自分の可能性」を完全に信じることが最も重要なのではないでしょうか。
コーチが自らの可能性を信じて、不安な気持ちやスキル不足などを解消していくために何が出来るのか。振り返りや行動を積み重ね、チャレンジと失敗を繰り返しながらもコーチとして成長していくことは、クライアントの可能性を100%信じるためのリソースの一つにもなるはずです。
MBCCリサーチ担当 今村佳未
<参考文献・書籍>
- 国際コーチング連盟(ICF)の定める倫理規定
- 「共感力」がコミュニケーションの質を劇的に変える理由 | Mindfulness Based Coach Camp®︎ (mbcc-c.com)
- 心理学から学ぶコーチング~本音を聴き出せる人の特徴~ | Mindfulness Based Coach Camp®︎ (mbcc-c.com)
- 5 Ways to Get People to Open Up to You(人に心を開いてもらう5つの方法) | Psychology Today
- マインドフルネスの実践者に聞いた「習慣化」のコツ | Mindfulness Based Coach Camp®︎ (mbcc-c.com)
- 35 Coaching Questions for When Your Client Is Stuck(クライアントが行き詰まったときに役立つコーチングの質問35選)- International Coaching Federation
- 14 Common Mistakes New Coaches Make With Their First Clients(新米コーチが最初のクライアントと犯しがちな14の間違い) forbes.com