部下の本音、本当に聴けていますか?~本音を引き出す対話とメリット~
「部下の本音、どこまで聴けていますか?」
実は「本音」と言われることの中には、自覚ができていない領域が大きく存在します。では、どこにあるのか?それは、私たちの意識の9割以上を占めていると言われている潜在意識の領域です。
例えば、「今、困っていることはありますか?」と尋ねられた部下が答えたことが、必ずしも心の底にある「本音」とは限りません。コーチングをしていれば経験したことがあるのではないでしょうか。コーチとの対話や内省を通して、今まで気づいていなかった自分の感情や考えに出会うことが。それこそ、人の成長に必要な「本音」であり、人材育成の観点では大切な要素の一つになります。
また、本音を聴いてもらえる職場環境には、社員のエンゲージメントや定着率を高めるなどのメリットがある、というリサーチもあります。上司が部下の本音を引き出せるような対話ができたら…そのメリットは、部下にも組織にもポジティブな効果が大いに期待できるでしょう。
本コラムでは、十分に部下の話を聴くメリットやそのアプローチについてご紹介していきます。
「本音」が引き出される対話のメリット
部下が上司に「本音」で話せる状況であれば、心理的安全性が高くオープンな関係であることがうかがえます。それだけでも利点は多く、例えば、コミュニケーションが円滑になる、パフォーマンスが上がる、創造性・イノベーションが発揮される、エンゲージメントが上がる、などの効果があることが研究で示されています。心理的安全性については、社内研修として既にポピュラーなテーマの一つになっています。ここでは、さらに一歩踏み込んだ関わり方として、部下が潜在意識で考えていることを「引き出す」対話のメリットについても焦点を当ててみたいと思います。
1. 部下にとってのメリット
前述した心理的安全性の高い上司と部下の関係は、様々な効果をもたらすのと同時に、さらに一歩踏み込む「対話」への土台にもなります。そのため、日頃から心理的安全性の高い職場づくりを意識することが大切です。部下の言動を受けた上司には様々な感情が出てくるかもしれませんが、ここは一旦そのまま受け止める姿勢、傾聴力や自己管理力などが問われる場面です。
十分な心理的安全性の中で、上司の共感的な関わり方、効果的な質問やフィードバック、深い内省の経験ができることで、部下は初めて自分の本心に気づき、思い込みや怖れなどの感情に出会うチャンスがうまれます。関係性と対話を通したこの一連のプロセスは、部下の自己認識力を高め、成長の方向性を見つける大きな手助けとなることが期待できるのです。
例えば、部下がモヤモヤする気持ちを抱えている時、上司との対話を通して、その「モヤモヤ」の解像度を上げて言語化できれば、問題や課題を具体的にするための第一歩となります。具体的に問題を把握できれば、効果的な解決策を見つけやすくなります。結果的に、課題解決能力が向上し成長の機会となります。もちろん、全てのケースで効果がすぐに見えるわけではありません。しかし、本音で自己と向き合う経験をしないまま自己認識を深めていくことは難しいのではないでしょうか。
「自己認識」は最新の経営流行語になっているようだが、それには理由がある。研究によれば、自分自身をはっきりと認識することで、自信と創造力が増すという。より適切な判断を下し、より強い人間関係を築き、より効果的なコミュニケーションをとることができる。嘘をついたり、ごまかしたり、盗んだりする可能性も低くなる。私たちは、より良い仕事をするようになり昇進も増える。そして、より効果的なリーダーとなり、従業員の満足度が高まり、企業の収益性も高まる。
What Self-Awareness Really Is (and How to Cultivate It) /自己認識とは何か(そしてそれをどのように育てるのか)_HBR.orgより抜粋
2. 組織にとってのメリット
社員一人一人が、「本音」で対話できる環境で成長していくことが、組織の成長にも直結することはイメージしやすいかと思います。ますます増えるZ世代の従業員は、成長できる環境で働きたいと考える傾向があるそうです。そのため、自己成長できる職場は、社員の満足度や離職率の低下につながることが期待できます。しかし、実際には、多くの社員が自分の意見は聞き入れられていないと感じているそうです。
残念ながら、職場の従業員の多くは、自分の意見が聞き入れられていないと感じています。The Workforce Institute の調査によると、従業員の 86%が「公平に、または平等に」意見が聞き入れられていないと感じており、63% が雇用主や上司に自分の意見が無視されていると感じています。これは、従業員の声に積極的に耳を傾けることで組織がどれだけの利益を得られるかを考えると、憂慮すべき統計です。 最近のSalesforce Research の調査では、1,500 人を超えるビジネスプロフェッショナルを対象に、価値観に基づくリーダーシップと職場の平等性について調査が行われました。この調査では、従業員が自分の意見が聞き入れられていると感じると、能力を最大限に発揮できると感じる可能性が 4.6 倍高くなることが明らかになりました。 従業員の感情(職業上の願望や目標を含む)を把握している企業は、従業員に対して一定の思いやりを示すだけでなく、どのテクノロジー、ソリューション、ベストプラクティスが業務に最も役立つかをより深く理解できます。また、優秀な人材を失う前に従業員の懸念を認識し、対処することもできます。
The Importance Of Listening For Organizational Success(組織の成功のために傾聴することの重要性) (forbes.com)より抜粋
上記で紹介した職場におけるリサーチ結果をみれば、社員の意見に耳を傾ける組織は、社員に成長や改善の「力」を与えていることが分かります。直接、顧客やビジネスパートナーと接している社員の意見は、商品やサービスの改善につながる見込みがあります。どんな社員の意見も聴く耳のある組織では、非効率な古い社内プロセスの改善もしやすいでしょう。改善のための意見が飛び交う文化が当たり前になれば、社員一人一人が影響力を持っていることや存在意義を自覚しやすくなり、やりがいや熱意が高まるでしょう。結果的に、社員のエンゲージメントが高まり、優秀な人材の流出を防げることもリサーチが示しています。
LinkedIn の最近のレポートによると、「従業員が影響力を持つ組織では、従業員の在職期間が長くなる」ことがわかりました。これは、従業員が発言権を持ち、真摯に耳を傾けられる企業では、チームメンバーのエンゲージメントが高いことを意味します。 実際、従業員に権限を与えない企業では、3 年後の定着率は 35 パーセントに過ぎません。
Listening to Employees: Getting it Right(従業員の声に耳を傾ける:正しく理解する) | ThoughtExchange より抜粋
1on1ミーティングの実態と課題
上司と部下が「対話」できる機会として、多くの企業では1on1ミーティングが導入されています。日本ではYahoo!における取り組みが話題となり、リクルートが実施したリサーチ(「1on1ミーティングに関する実態調査」)では全体の7割近くの企業が導入をしていることを示しています。1on1ミーティングの導入目的の1位は「社員の主体性・自律性の向上」、2位は「自律的キャリア形成の支援」となっています。どちらも、社員の可能性を引き出し、主体的に仕事やキャリアに向き合うことのできる人を増やすことへの期待が込められています。 導入効果については、1位「上司と部下の関係性が良くなった」、2位「部下のコンディションが把握できている」、3位「上司と部下が本音で話せる機会になっている」です。この結果から、上司と部下の関係構築につながっていることが読み取れます。
特定の人に接する回数が増えることで、その対象への印象が良くなることは、「単純接触効果(ザイオンス効果)」と呼ばれ、よく知られているところです。上司と部下においても1on1ミーティングを設定し、意識的にコミュニケーション機会を設けることで、関係性の向上に寄与していることがうかがえます。基本的なことですが、この関係性の構築ができていることが大事な一歩と考えられます。
【調査レポート】1on1ミーティングに関する実態調査 (recruit-ms.co.jp); 2204211458_1857.pdf (recruit-ms.co.jp)
1on1ミーティングに一定の効果がある一方で、導入目的である社員の主体性を引き出すという期待値まで達成することが難しい状況であることも見受けられます。
同リサーチが示すように1on1の課題として、「上司の面談スキルの不足」が47%、「上司負担の高まり」が44%で、課題の上位となっています。
1on1ミーティングの実態と課題から分かることは、導入目的を満たすには、何かしらの方法で上司の面談スキルを上げることが必要だということです。面談スキルが上がることで、より効率的な対話ができる可能性もあります。それによって心理的な負担の軽減も期待でき、2番目の課題(上司負担の高まり)の解消にも役立つかもしれません。
そもそも管理職に任命されている人が、誰でも人材育成やコーチングのスキルを備え、そのことが評価されているわけではありません。多くの場合は、現場での経験と適切な学習を通して身につけていく必要があるでしょう。そしてこれらの対人スキルは、適切な学習やトレーニングを通して伸ばしていくことが可能です。上司やメンターとして1on1ミーティングを行う立場になったのであれば、面談スキルを上げるための対話方法やコーチングスキルなどのトレーニングを受ける絶好のタイミングとも言えそうです。
「共感×コーチング」で1on1を劇的に変える
とはいえ人を育てていくための能力は、簡単に手に入るものではありません。なぜならば、自分も成長する必要があり、人の成長にはある程度の時間がかかるからです。
短期間でのマネジメント研修やコーチング研修を受けたことのある人は多数いると思いますが、それだけで「できる」と思うのは危険なことなのです。なぜならば、本質を理解しないまま人を育てようとすれば、中には逆効果となることもあるからです。
上司がコーチングを学んだことで今までの1on1が効果的なものに変わることもあれば、反対にこんな残念なケースもよく耳にします。
「行動計画ばかり立てさせられるようになった。業務が忙しいのに、さらにTo Doが増えるから、本当の悩みを話さないようにすることもある」
「毎回コーチング形式で質問ばかりされると疲れる。たまには、もっと自由に話せる時間も欲しい」
「上司の経験は参考になるけれど、私にはあてはまらないと感じた。自分の思いをもっときいて欲しかった」
これらのケースは、上司がコーチングの本質を十分に理解できていないことが原因かもしれません。
コーチングにおいて質問スキルは重要ですが、その前に部下(又はクライアント)が言おうとしていることや言いたいことを十分に聴き、言葉を紡ぐ力が必要です。そのためには、理解しようとする共感的な関わり方で部下の表現をよく観察し、お互いの共有領域を広げていく丁寧なやり取りが不可欠です。(MBCCでは、共感コミュニケーションと名付け、1on1やコーチングはもちろん、日頃のコミュニケーションにも役立つ手法として、コーチングとは分けて学習することができます)
1on1ミーティングを価値あるものにするには、まず部下のニーズを確認する必要があります。何を望んでいるのか、何に困っているのか、1on1がどんな時間だと最も価値がありそうか、などの合意を部下と一緒につくり出すことこそ、部下の主体性を育てる最初の一歩ともなるのではないでしょうか。
不快なことだが、従業員のパフォーマンスの少なくとも30%は、その従業員がどのように管理されているかに起因することを覚えておいてほしい。
つまり、あなたのリーダーシップが、従業員が実力を発揮するか否かに大きな影響を与えるのだ。従業員をサポートして育てているつもりが、マイクロマネジメントや緩すぎるマネジメント、目標の伝達不足など管理面の不手際により、従業員の才能を潰しているおそれがある。従業員が実力を最大限に発揮できていない時、リーダーは何をすべきか 3つの原因を探る | リーダーシップ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー より抜粋
良質な「対話スキル」を学ぶ時代
社会での価値観が多様になり、変化が激しく、未来の予測が難しくなった今、特定の正解を出せない課題が増えているのではないでしょうか。情報や物はインターネットの普及で簡単に入手できる時代ですが、その分、簡単に答えが見つからない問題や正解のない問題に、どう対処して前進していくのかが人の成長を大きく左右します。一人で自己と向き合う時間も大切ですが、良質な対話からは、より多くの「気づき」が得られ、自己理解や自己認識を深める貴重な機会となります。
人の本音を引き出すことは、人の可能性を引き出すことでもあります。この対話のスキルは、独学や心がけだけで身につけることは難しく、実際に多くのリーダーが1on1の進め方やコーチングなどの人材育成に役立つスキルを学んでいます。これらの学びを通して部下の成長を後押しすることは、リーダー自身が成長していく機会を増やすことにもなります。
最も強いものが、あるいは最も知的なものが、生き残るわけではない。最も変化に対応できるものが生き残る。
チャールズ・ダーウィン
<参考文献・書籍>
- What Self-Awareness Really Is (and How to Cultivate It) /自己認識とは何か(そしてそれをどのよう に育てるのか)_HBR.org
- The Importance Of Listening For Organizational Success(組織の成功のために傾聴することの重要性)_forbes.com
- Listening to Employees: Getting it Right(従業員の声に耳を傾ける:正しく理解する) | ThoughtExchange
- 【調査レポート】1on1 ミーティングに関する実態調査 (recruit-ms.co.jp) ; 2204211458_1857.pdf (recruit-ms.co.jp)
- 従業員が実力を最大限に発揮できていない時、リーダーは何をすべきか 3 つの原因を探る | リーダー シップ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー