コーチはクライアントの成長やパフォーマンスの向上を支援する立場にあるため、他の対人支援職と同様に、時には自己犠牲を伴ってでもクライアントを優先することがあります。コーチが持つクライアントへの貢献心は人間の素晴らしい側面である一方で、クライアントと真剣に向き合うからこそ生まれるコーチとしての悩みやストレスの要因にもなります。
「セルフケア」とは決して自分を甘やかすことではありません。コーチは、様々なクライアントに持続的に効果的に関わることが求められおり、精神的な強さが必要な場面もあります。そのためコーチは、日頃から心身のバランスを整えてエネルギーを高めておくことが重要になり、それには積極的に自己と関わっていくアプローチが必要だと言えるでしょう。
本コラムでは、コーチのセルフケアがとても大切である理由と共に、そのことがクライアントとコーチの両者にどのようなインパクトをもたらすのか、そして、具体的なセルフケアの方法などについてもご紹介していきます。
コーチにセルフケアが必要な理由
前述したように、コーチは継続的にクライアントと関わり、効果的な影響力を発揮することが求められています。しかし、コーチも人間です。心身のバランスを崩すこともあれば、ストレスを抱えてネガティブな状態に陥ることももちろんあるでしょう。そのため、プロコーチであれば、日頃から主体的に自己とも向き合い、自分の状態を出来る限り把握して必要な対処をしていくことが望ましのではないでしょうか。以下にその理由をテーマごとに少し掘り下げていきます。
1. エネルギーとモチベーションの維持
質の高いコーチングを提供しつづけるには、エネルギーとモチベーションの管理が不可欠です。セルフケアを怠ることで、コーチ自身がベストな状態を保てない可能性があるため、たとえ心身にネガティブな違和感がない時でも、定期的にセルフケアを取り入れることをお勧めします。コーチのエネルギーやモチベーションは、好奇心や探求心を刺激してコーチのプレゼンスや影響力などにもインパクトを与えていることを覚えておきましょう。
2. ストレス管理
コーチングには多かれ少なかれ感情的、精神的なストレスが伴います。クライアントの成功や失敗に対する責任感、プレッシャー、セッション中の集中力など、コーチとして内面的なストレスを経験したことがあるのではないでしょうか。しかし、対人支援をしていく上で生まれるストレスをゼロにすることは難しいものです。それよりも、抱えたストレスを自覚して、どうリリースしていくのかに取り組むことで、自己認識が深まり適切なストレス管理をしていくことにつながります。コーチが燃え尽き症候群(バーンアウト)に陥ることなく長期的な成功をしていくためには、ストレス管理は必須項目だと言えるでしょう。
3. 感情の安定と共感力の向上
コーチはクライアントの感情に敏感である必要があります。自分の感情が乱れていると、自己の感情を処理することに精一杯になり、クライアントの気持ちに寄り添うことが難しくなります。場合によっては、コミュニケーションが攻撃的になることや、不適切な言動をしてしまうリスクが高まります。コーチの感情が安定していることは、冷静かつ柔軟な対応、そして共感的なコミュニケーションには欠かせません。
4. クライアントとの適切な境界設定
セルフケアの実践は自分の限界を認識することや、エネルギー管理を促進します。そのため、セッション中やその後の時間に適切な境界を設けることができ、クライアントとの健全な関係を築くことへとつながります。その結果、クライアントにも長期的に質の高いサポートを提供し続けることが可能になります。
コーチとしての成長も人の成長と同じく「緩やか」に起こることが殆どです。長期目線でコーチとしての自分の成長を見守っていく忍耐や覚悟も必要であり、自分に厳しすぎると成長の妨げになることもあります。定期的にセルフケアを取り入れて自分を労わり大切にすることは、コーチ自身の心身の健康とパフォーマンスを保つとともに、コーチとしての在り方にも影響しているのです。言い換えれば、コーチのセルフケアは、長期的に成功していくための秘訣とも言えるのではないでしょうか。
コーチングは、コーチにとって強力なプロセスと厳しい旅路の両方を提示し、しばしば個人の幸福を犠牲にしてクライアントの成長を優先します。しかし、バランスを取り、セルフケアを優先することが重要です。自分の幸福を無視すると燃え尽き症候群に陥り、コーチが効果的に他者をサポートする能力が低下する可能性があります。セルフケアとは、自分を甘やかすことや自分勝手を容認することではなく、クライアントを変革的な体験に導くために不可欠な精神的および感情的リソースを維持することなのです。
Coaching presents both a powerful process and an intense journey for coaches, often prioritizing client growth at the expense of personal well-being. Yet, striking a balance and prioritizing self-care is essential. Ignoring one’s own well-being can lead to burnout, diminishing a coach’s capacity to effectively support others. Self-care is not about indulgence or pampering oneself — it is about preserving the mental and emotional resources essential for guiding clients through transformative experiences. Take Care of Yourself: The Ripple Effect of Self-Care for Coaches/自分を大切にしましょう: コーチにとってのセルフケアの波及効果 より抜粋
クライアント目線で考えるコーチのセルフケア
コーチがセルフケアを実践することで、クライアントにはどのくらい影響があるのでしょうか?前項(「コーチにセルフケアが必要な理由」)と重なる部分もありますが、ここではクライアント目線で見た時に、コーチのセルフケアによるクライアントのメリットを抑えておきたいと思います。
1. 安心して自己探求とチャレンジができる場
クライアントにとっての「コーチング」は、特別な時間と空間です。コーチと2人になるセッションでは、コーチのエネルギー感や雰囲気は、クライアントには直ぐに伝わります。コーチのオープンで穏やかな状態、高いエネルギー感などが、セッション全体を通して安定していることは、クライアントが安心して自己探求できる場、チャレンジできる場をつくる土台ともなります。
2. ロールモデルやリソースとなりうる存在
クライアントにとってコーチが必ずしも「ロールモデル」や「リソース」になるわけではありませんが、コーチの持つ自己管理力や考え方、ポジティビティ、学びや探求の精神など、クライアントが自己と向き合う過程でコーチから自然と学び、手本とすることはよく起こります。セルフケアを実践しているコーチは、健康的なライフスタイルや自己管理の重要性を体現しています。このようなコーチを見て、クライアントも自分のセルフケアや自己管理に対して意識を高めることができるかもしれません。クライアントにとってコーチは、バランスの取れた生き方を示すロールモデルとなり得ることを覚えておきましょう。
3. 長期的なサポートが受けられる
コーチング契約は、単発的なものよりも中長期的に続くことが多いものです。クライアントは、コーチの心身の健康があるからこそ継続的に効果的なコーチングを受けることができます。クライアントにとって信頼できるコーチは、自己成長や目標達成を後押ししてくれる大切な存在です。コーチがセルフケアを重視して心身の健康に気を配ることは、クライアントが安心して必要な期間コーチングを受けていくために必要不可欠なものだと言えるでしょう。
コーチのセルフケアで大切な6つの要素
コーチにとってのセルフケアの方法は、限定的である必要はありませんが、対人支援を行うコーチだからこそ大切にしたい要素があります。代表的とも言える6つの要素について、「6 Important Self-Care Practices for Coaches/コーチのための6つの重要なセルフケアの実践」(※以下、「6つのセルフケア」)を参考にご紹介します。もちろん、これが全てというわけではありませんので、セルフケアを取り入れる際のヒントとしてお考え下さい。ただし、6つの要素の一つ目「定期的に自己と向き合う」ことは忘れずに。今の自分の状態を把握して効果的なセルフケアは何なのか、ぜひ自分に合ったセルフケアのアプローチを見つけていきましょう。
1. 定期的に自己と向き合う(Engage in Regular Self-Reflection)
クライアントの自己探求と個人的な成長を導く際に、コーチ自身の未解決な問題を引き起こすような状況に遭遇するかもしれません。この取り組みでは、コーチである自分の弱点、制限的な信念、成長の余地と向き合う必要があります。
自己を振り返る時間を設けることは、重要なセルフケアの実践です。自己認識を深めるだけでなく、自分の価値観や目的に再び出会うことにも役立ちます。As you guide clients through self-exploration and personal growth, you may encounter situations that trigger your own unresolved issues. This work requires you to confront your own vulnerabilities, limiting beliefs, and areas for growth.
Allocating time for self-reflection is an important self-care practice. It helps you deepen your self-awareness as well as re-aligning you with your values and purpose. 「6つのセルフケア」より抜粋
定期的に自分と向き合うための具体的な方法としては、瞑想やマインドフルネスの実践、ジャーナリング、日記などがありますが、ウォーキングや山登りなどの「活動」を通して向き合う方もいるでしょう。また、カウンセリングやヒーリングなどのメンタルサポートを受けることが効果的なケースもあります。コーチだからといって完璧な存在ではありません。自分にオープンになり、必要なものを取り入れることが大切です。
2. 期待値の管理を忘れない(Remember to Manage Your Expectations)
コーチとして、難しいクライアントへの対応は避けられません。変化に抵抗したり、進歩が困難だったり、挫折を経験するクライアントに出会うこともあるでしょう。
これは、特にクライアントの成長と幸福を心から気にかけている場合には、感情的に困難な場合があります。
このような瞬間には、期待を管理し、忍耐強くいることが重要です。クライアントの進捗のあらゆる側面をコントロールすることはできないことを認識し、コントロールできない結果は手放すことを自分に許可してください。
アプローチを調整し、サポートを提供し、クライアントが根本的な障害を発見できるように支援することで、抵抗や停滞を乗り越える効果的な方法を見つけることを忘れないでください。Dealing with difficult clients is inevitable as a coach. You’ll come across clients who resist change, find it difficult to make progress, or experience setbacks.
This can be emotionally challenging for you, particularly when you genuinely care about your clients’ growth and wellbeing.
It’s important to manage your expectations and remain patient during these moments. Recognize that you cannot control every aspect of your clients’ progress, and give yourself permission to let go of outcomes beyond your control.
Remember to find effective ways to navigate resistance or stagnation by adapting your approach, providing support, and helping your clients uncover underlying obstacles. 「6つのセルフケア」より抜粋
コーチングセッション中は真摯にクライアントと向き合いますが、一旦セッションが終わったならば、緊張感や責任感をリリースし、クライアントが持つ行動責任と結果をコーチが一緒に背負い込むのは止めましょう。
3. 境界線の設定を試みる(Practice Setting Boundaries)
自分の境界線を設定し、それを尊重することは、コーチとしての健康を維持するために不可欠です。
仕事と休暇の時間を明確に定義することが特に重要です。クライアントに定期的に自分の境界線を伝え、クライアントがあなたのニーズを理解し尊重するようにしてください。
この習慣により、健康的な仕事と生活のバランスを作り、燃え尽き症候群を防ぎ、スケジュールをコントロールする感覚を養うことができます。Setting and honoring your boundaries is essential for maintaining your wellbeing as a coach.
It’s particularly important for you to clearly define your working hours and time off. Communicate your boundaries regularly to your clients, ensuring they understand and respect your needs.
This practice allows you to create a healthy work/life balance, prevent burnout, and foster a sense of control over your schedule. 「6つのセルフケア」より抜粋
4. 身体の健康を優先する(Prioritize Physical Health)
コーチとして最適なウェルビーイングを維持するためには、身体の健康に気を配ることが非常に重要です。
定期的に運動する時間を作り、十分な睡眠を確保し、バランスの取れた食事と水分補給で体に栄養を与えましょう。体を動かすことは、エネルギーレベルを高めるだけでなく、認知機能を向上させ、ストレス管理にも役立ちます。Taking care of your physical health is crucial for maintaining optimal wellbeing as a coach.
Make time for regular exercise, ensure adequate sleep, and nourish your body with a balanced diet and hydration. Physical activity not only boosts your energy levels but also improves cognitive function and helps manage stress. 「6つのセルフケア」より抜粋
もしも「運動」と聞いてハードルが高いと感じる場合は、ウォーキングやストレッチなど、今すぐできることからスタートすると良いでしょう。体を動かすことは、メンタルの改善にも効果的です。体と心のつながりや一体感を感じることは、心身のバランスを整えることに役立ちます。
5. 心に栄養を与える活動に参加する(Engage in Nourishing Activities)
コーチング以外の活動で、喜びやリラックス、充実感を得られる時間を作りましょう。
自分が熱中できる趣味やレジャーに没頭することで、精神的に若返り、仕事上の責任から解放されます。絵を描いたり、楽器を演奏したり、ハイキングやガーデニング、読書など、何でも構いません。Make time for activities that bring you joy, relaxation, and fulfillment outside of coaching.
Engaging in hobbies and leisure activities that you’re passionate about rejuvenates your spirit and provides a necessary break from work-related responsibilities.
It could be anything from painting, playing a musical instrument, hiking, gardening, or reading. 「6つのセルフケア」より抜粋
6. 継続的な学習と成長(Continuously Learn and Grow)
コーチとして継続的な学習と専門能力の開発に取り組みます。
ワークショップ、カンファレンス、トレーニングプログラムに参加して、知識とスキルを広げましょう。コーチングの最新のトレンドや研究を常に把握しておくことで、自分の実践に自信と能力を保つことができます。
継続的な学習は、コーチングの効果を高めるだけでなく、知的好奇心や職業への情熱を刺激します。Commit to ongoing learning and professional development as a coach.
Attend workshops, conferences, and training programs to expand your knowledge and skills. By staying abreast of the latest coaching trends and research, you remain confident and competent in your practice.
Engaging in continuous learning not only enhances your coaching effectiveness but also stimulates your intellectual curiosity and passion for your profession. 「6つのセルフケア」より抜粋
MBCCでは、コーチのためのグループスーパービジョン(GSV)を用意しています。このプログラムは安心安全なスペースにおいて内省的な対話を行い、継続的にコーチの能力開発を促進していきます。扱う領域はコーチングスキルに留まらず、ビジネス上の課題対処や適切な自己管理にも及んでいます。効果的にコーチとしての柔軟性や可能性を広げ、ウェルビーイングを促進していくための一つの方法として、ぜひご活用ください。
コーチのセルフケアによる波及効果
適切なセルフケアを続けることで、コーチが健康で効果的であり続けることの影響は、コーチやクライアントを超えて更に外の世界にも広がっていくことが期待されています。
健全でバランスの取れたコーチが増えていくことで、クライアントが可能性を開花させて成長や成功を手にすることも増えるでしょう。そして、さらに大きな視野でその波及効果を考えてみれば、組織やコミュニティでのコーチング文化の普及、コーチング業界の進化や拡大にもプラスの影響を与えていくのではないでしょうか。
一人でも多くのコーチが燃え尽きることなく、ウェルビーイングと自己実現のバランスの取れたコーチとして活躍されることを願います。そして同時に、その先にあるクライアントの成功、コーチング文化の発展にもつながる可能性を考えれば、コーチにとってのセルフケアはとても価値のある時間であり、大切にしたいチャンスでもあることを強く実感せずにはいられません。
コーチングの効果は個々のクライアントをはるかに超えることが研究で実証されています。その影響は、クライアントの同僚、家族、コミュニティ、さらには社会全体にまで波及します。コーチングの一環としてウェルビーイングとセルフケアを統合すると、世界にポジティブな波及効果が生まれます。
Studies have documented that the effects of coaching extend far beyond the individual client. The impacts ripple out to clients’ colleagues, family members, communities, and even society at large. Integrating well-being and self-care as part of your coaching fosters a positive ripple effect in the world. Take Care of Yourself: The Ripple Effect of Self-Care for Coaches/自分を大切にしましょう: コーチにとってのセルフケアの波及効果 より抜粋
<参考文献・書籍>
- Take Care of Yourself: The Ripple Effect of Self-Care for Coaches(自分を大切にしましょう: コーチにとってのセルフケアの波及効果) – International Coaching Federation
- Self-care helps coaches serve others while avoiding caregiver burnout(セルフケアは、介護者の燃え尽き症候群を回避しながらコーチが他者に奉仕するのに役立つ) – ICF Thought Leadership Institute
- 6 Important Self-Care Practices for Coaches(コーチのための6つの重要なセルフケアの実践) – The Wellness Society
- Self-care strategies for coaches(コーチのためのセルフケア戦略)– AWA