国際コーチング連盟(以下、ICF)の認定を保持するコーチの数が6万人を超えたことが伝えられ、世界中から集まったコーチたちの大きな拍手が巻き起こりました。10月に米国・サンディエゴで開催されたICFの国際会議、CONVERGEのメインホールでのこと。

ICF以外の認定を保有するコーチなどを含むプロフェッショナルコーチを自認する人の総数は、その約2倍となる12万3,000人と報告されています。

パンデミック期間にコーチの数は2019年比で54%増え(2022年、ICFがPwcに委託して実施した調査)、同じ期間の比較で市場規模(コーチングによる年間総収益)は60%増えました。

コロナ禍の人と繋がりたい欲求、オンラインンミーティングツールの普及、リモートワークの定着(学習プログラムの提供形態を含む)、在宅ワークによって難しくなったマネジメント業務の支援ニーズなど、コーチングビジネスが成長した要因は多々あります。

他方、新人コーチの急増はコーチングへの社会的信頼の低下リスクを高め、評判に関する懸念が増しているという声もあります。また米国のデータでは、コーチの平均所得は下がって米国労働者の平均を下回っているという記事もあります。

(注:著名な研究者の記事ですが出典が不明だったので、私が調べたかぎりでは明らかではない。ICFの調査と米国労働局の公開データを突き合わせると、平均所得はほぼ同水準。コーチは自営が多く公的調査で入手できる数字と厳密な比較はできていません)

コーチの収入に関しては従来から指摘されていることですが、上下の開きが大きく平均値の見方には注意を要します。ただし新人コーチが増えたことが平均所得を押し下げているのは、一つの事実とみてよいでしょう。

いずれにせよ、「コーチ」が増えていることは間違いありません。「コーチング」の認知度も上がっていると思います。しかし「コーチ」が増えればいいのか。また「コーチング」は、どんなものとして認知拡大しているのか。ここで問いたいのは、このふたつのことです。

生成AIコーチについてICFが語っていないこと  

冒頭でふれたCONVERGEでは、生成AIによるコーチングに関する話題が百花繚乱の様相を呈していました。コーチの業務支援、コーチングセッションの補完、そしてAIによるコーチング。

長年コーチング分野を牽引してきたトップコーチたちは、押しなべてAIの発展をポジティブにとらえている印象をうけました。時代の流れは止められない。テクノロジーを学び、私たちの仕事に取り込み、人間にしかできない仕事をさらに高めていこう。そんな開かれた強い意志を感じました。

私も基本的に同意です。しかし、ここで語っていないことがあります。生成AIがいつ、どのくらいの規模で、どのレベルまで人間であるコーチの仕事を代替する存在になるか、です。

専門的な議論の場では、前提知識としては様々な研究や知見を共有しています。しかし6万人に達した世界中の認定「コーチ」のうち、どのくらいの人が専門職として残り、どのくらいの人が淘汰される可能性があるのか。いくつかの査読論文でほのめかされていることを、専門家が世界中から集まった場で公式に、単刀直入に議論する機会はありませんでした。

ほぼ、たしかな「コーチ」の未来

手軽にオンラインで学べて誰でも習得可能であり、さしたる資本投下もなく開業できて、どこか知的なイメーを漂わせた新しい職業としてのコーチング。

手軽でスマートでローリスク(ハイリターンかどうかはともかく)。そんなイメージ、期待感を抱いてコーチを志望するZ世代か、一つ上のミレニアル世代が増えている印象をもっています。

大切なことを言います。もしもコーチングという専門職を手軽に誰でも習得できる世界だと思っていたら、キャリアのリスクを高めるだけなので、やめたほうがいい。マーケティング次第では、かなり儲かる可能性もあると思っていたら、なおさら、やめたほうがいい。

ほぼ、たしかな「コーチ」の未来。それは、いくつかの会話のテンプレートを組み合わせたような形式的な「コーチング」は、そのクォリティを高めたかたちで生成AIにとって代わられるということです。未来と表現していますが、これは既に起き始めている今でもあります。だからひとつの予測を超えて、ほぼ、たしかなこと。

私たちのようなコーチング教育に関わってきた者にとって、これはある意味においては不都合な現実です。「コーチ」が職を得ることが難しくなるのに、見て見ぬふりをして、ICFのACCを取りましょう~、その次はPCCですよ~、そして最後に目指すのはMCCですよ~・・・というメッセージをマーケティングに乗せるのは、はたして倫理的と言えるでしょうか。

私の答えは否、です。

現場にあるコーチングの真実

ではコーチングはもう不要になっていくのか。すべてが生成AIに代替されていくのかというと、少なくとも現時点における査読論文をかき集めて読むかぎりにおいて、それほど人間という存在は薄っぺらくはないようです。

複雑な文脈に依存する対話、状況に合わせて相手や組織に対処するアジリティ、そしてなによりも、この「人」に話を聴いてもらいたいと思わせる存在の価値。それは生成AIのサービスとは異なる、コーチという専門職の核になる部分でしょう。

AIが世界を覆う時代に必要とされるのは、コーチという職業にかぎらず人間の存在感ではないかと私は思います。存在感ってなに? よくわからないよ・・・と思うかもしれません。そのとおりです。でも、そういうところから探求しないと、コーチングの専門性を磨くことはできません。

存在感に多様な技法が統合されて、それがテンプレートの会話ではなく自然に溶け込んできたときに、たぶんICFが強調する「MCCレベル」のコーチングが現れてきます。これは査読論文を引いての見解ではなく私個人の直感ですが、将来の人間によるコーチングは、この水準だけが残ると思います。それは必ずしもMCCという称号によるものではなく、あくまで実質としての話です。

では、それ以外の「コーチ」はどうなるのか。私はその答えを持っていなくて、このところMBCCの修了生たちに教わっています。

どういうことかというと、ACCやPCCの認定保有者として「コーチング」を提供しているのではなく、それぞれの役割や専門職において、コーチとしての姿勢や技法が活かされていることが、話を聴けば聴くほどわかってきたのです。

企業の管理職、教育者、医療者、福祉の専門家、政治家・・・などなど。

それぞれの大切な現場で交わされる会話、築かれる関係性というのは、いわゆるコーチとクライアントの関係ではありません。自分に課せられた使命、役割があり、それぞれの立場において課題が山積している現実。それぞれの仕事において、どこでも起きている予測不能な出来事。そして巡り合う難しい相手。

そのなかでMBCCの受講生のひとりひとりが、一緒に学んできたことを取り込んで使っています。その結果、この人だからこその価値が生まれ、この人だからこそ信頼され、この人だからこそできる仕事が達成されています。

コーチングを100年後の世界に遺すために必要な勇気

簡単に誰でも学ぶことができ、形式的な試験はあれど実際には誰でも合格するような認定を手にし、「コーチ」と名乗っても仕事がない未来。これは確実にやってきます。

コーチングで食べていくには、激変する世界の動きにアンテナを張って学び続けるとともに、複雑なシステムを理解して人や組織、社会と関わっていくことの適性が必要です。ある程度はこの適性を磨くことはできると思いますが、そうではない強みを持つ人が無理にこのフィールドにこだわる必要はありません。

自分が既に身につけていることを、より自分の大切にしたい価値観に沿って発展させていくために、どうやってコーチングを実装していくか。そこを戦略的に考え、ひとりひとりに合ったキャリア構築を支援する能力を、私たちコーチング教育者は高めなければなりません。

そうすることで看板だけの認定コーチではなく、コーチングの本質を自分の仕事に活かす”Manager as Coach” や ”Teacher as Coach”、”Financial Planner as Coach”、”Nurse as Coach”などを社会に増やせれば、私たちの専門領域が社会に寄与できるという確信があります。

では、いわゆる認定コーチは不要になるのかというと、そうではありません。コーチングの基盤をしっかり学び、習得していくための指標として(けっしてそれが目的ではなく)、認定の意味を正しく認識すること。ほんとうに現場に転用できるものにするための実践、継続学習のサイクルをまわすこと。こうした取り組みへの教育者と学習者の合意形成が重要です。それが伴う認定であれば、価値あるものになると思います。

キャリアはダイナミックなものだから、こうやって”as Coach”の母数が拡大することにより、AIが担えないプロフェッショナルコーチングの担い手予備群がストックされることになります。まず自分の身近なところでコーチングの手応えをつかむことで、次のキャリアが見えてくることもあるでしょう。

私たちコーチング教育者には、上滑りな宣伝文句で人を安易に「コーチ」にさせない勇気が必要です。そしてほんとうにリアルで多様な現場において、実際に通用するコーチングのために、コーチング教育を変革していく忍耐が必要です。

きっとそれが、プロフェッショナルコーチという存在のなかにある、わかりにくいけれど確かな価値を、この世界に遺していくために必要なチャレンジです。

私たちはコーチングを世界に拡大させた米国発の知見、哲学的で学術的なコーチングを重視する欧州の知見、曖昧な世界の中にあるダイナミズムを感知する日本の知見を統合して、これから新しい旅をはじめます。

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