Mindfulness Based Coach Camp 典生人語

コーチングの能力開発は リスクコミュニケーションに通じる

MBCC事務局 投稿者:MBCC事務局 カテゴリー:典生人語

コーチングの能力開発は リスクコミュニケーションに通じる

リスクコミュニケーションとは

コロナ禍で政府や自治体リーダーのリスクコミュニケーション欠如が指摘されています。直感的に賛同しつつ、そもそもリスクコミュニケーションとは何かが、自分のなかでクリアになっていないことに気づきました。

そして調べてみると、非常に定義が曖昧であることがわかりました。リスクコミュニケーションとは何かの不明瞭さ自体が、日本社会のリスクではないかと思うほど。

社会を取り巻くリスクに関する正確な情報を、行政、専門家、企業、市民などのステークホルダーである関係者主体間で共有し、相互に意思疎通を図ることをいう。合意形成のひとつ。(ウィキペディアより引用)

一方、コーチングも一般用語としては解釈が曖昧です。そこで私たちが加盟するプロフェッショナルコーチングの国際組織である国際コーチング連盟では、専門職としてのコーチングとは何かを定義し、定義にもとづく必要な能力水準を定めています。

さて気になるのは、どうやらリスクコミュニケーションは、前述のウィキペディアで説明されているレベルでの一般用語にすぎないということです。これは私にとっては驚きでした。

コーチングの能力開発に携わる立場からみると、専門能力を磨くには、トレーニングの拠り所としての能力水準(私たちのコーチングトレーニングではコアコンピテンシーと呼びます)が明確になっている必要があります。そして能力水準を明確にするには、「何についての能力なのか」を明示する前提としての「何」が必要です。しかしリスクコミュニケーションには、オーソライズされた学習の指針が見当たりません。

民間団体が実施する研修は色々あり、危機管理学といった新しい学問領域での研究も行われています。しかし理論と実践の距離が開き過ぎではないか、というのが私の印象です。短時間の散発的な公開講座や、医療、原発、災害など、いきなり特定分野に的を絞った研修などが提供されている一方、社会全体を俯瞰したプログラムデザイン、リーダーシップの基盤として位置づけた学習、そういった観点が希薄であるという印象を受けました。

リスクコミュニケーションを支える自己認識と自己管理

コーチングにおいては対人支援のスキルを学ぶまえに、支援者としてのコーチ自身の基盤が何より重視されます。相手がどんな状態で、対話がどんな方向に展開しても、適切な距離を保ちつつクライアントを見守り、場をホールドする力が必要だからです。

リスクコミュニケーションがほんとうに必要とされるときは、自分も周囲も感情が高ぶりやすいときでしょう。ネガティブな発言や殺伐とした空気、恐怖や不安、疑心暗鬼が蔓延しているかもしれません。

通り一遍のスキルを学んでも、そのとき自分の感情を適切に管理できなければ何の意味もありません。感情は、あっという間に理性を乗っ取ってしまうからです。

 Vulnerability(弱さを見せる勇気)を携える

 ブレネー・ブラウンによって有名になったVulnerabilityは、傷つきやすさ、脆弱性といった意味ですが、ここでの本意は「自分の弱さを見せる勇気」です。

コロナ禍においては、感染症やウィルス学の専門家にも正解はありません。また科学であるからこそ「絶対にこうだ」とは断言できない、という側面があります。そのような状況で、感染を拡げないために迅速に判断し、意思決定を下し、メッセージを発しなければならない。それがリーダーには求められます。

コーチはクライアントの複雑性の高い困難な課題に寄り添うなかで、ときに無力な自分をさらけ出すことも重要。MBCCでは、それもコーチの自己認識であり自己管理の一部であると考えます。その開放的な姿勢がないと(自分の無力さを誤魔化した状態では)、クライアントが正解のない現実と向き合うプロセスを支えられないからです。

プロフェッショナルコーチングにおいて、ひいてはリーダーシップの本質として、弱さを見せる勇気を鍛えていくことなしに、リスクコミュニケーションの開発はないと思います。

ダイレクトコミュニケーション

コーチングを「やさしい受容的な会話」であるとか、「肯定的で明るい会話」というイメージでとらえている人もいるようです。これは単に指示命令的なコミュニケーションのアンチテーゼとして解釈されているだけで、けっして本質ではありません。

相手の可能性にフォーカスするのはコーチングの哲学といってもよい視座ですが、ほんとうに可能性を信じて関わるからこそ、妙な忖度はせず率直に問う、率直に返すダイレクトコミュニケーションが原則です。まわりくどい言い方はNGです。

事実と解釈は分ける。優先順位を明らかにする。本当に大切な「すること」と、それを行動に移すために「しないこと」を選択する。それが見えてこなければ、隠された関心事や無意識の領域で駆動されている裏の目標に目を向けるという、もっとも困難なチャレンジの決断を迫られるかもしれません。こうした率直な姿勢が、相手との関わり方やコミュニケーションの取り方に反映されてきます。

切迫した状況でのリスクコミュニケーションでは、誰もが歓迎するような意思決定はあり得ないと思います。だからこそ忖度や、オブラートにつつんだ言葉が横行し、それがいっそう意思疎通を難しくし、合意形成から離れていきます。こうした負のスパイラルを解消していくには、ダイレクトコミュニケーションが欠かせないでしょう。

完全に聴く

正解のない問題に直面したとき、リスクコミュニケーションの一般的な説明で出てくる「合意形成」よりも、もっと大切なものがあると私は考えます。たしかに合意形成は重要で、極力その努力をするべきだとは思います。しかし現在のコロナ禍や自然災害、戦争などの有事においては、正解よりも選択を迫られる場合が多いでしょう。

知日家でもあるグローバルリーダー教育の第一人者、ドミニク・テュルパン氏(国際経営開発研究所教授)は、VUCAワールド(変動的で不確か、複雑性が高く曖昧さに包まれた世界)においては、「合意形成よりも感情的なつながりが重要」と語っています。

感情的なつながりは信頼の証であり、関係性の質を高める鍵。そのために磨くことが不可欠な能力が、私たちがマインドフルリスニングと呼ぶ「完全に聴く能力」です。

状況を誤魔化しながら体裁を取り繕い、核心をつくような質問をはぐらかし、綺麗ごとだけを並べる。今の日本社会で大きな責任を担うリーダーがしているのは、リスクを隠して自分と自分に近い人々を守るコミュニケーションではないか。私には、そう映ります。

語彙が豊富か否か、活舌が良いか悪いかといった次元の話ではなく、自分の全存在をかけて国民と向き合う(経営者であれば従業員や顧客と向き合う)、そんなリーダーを選んでいきたいと思います。

MBCCファウンダー 吉田典生