コーチングの会話は気持ちよく軽やかだからこそ上手くいくのでしょうか。もしもコーチとクライアントが過ごす時間が、ただ快適であるだけではなく無難な時間に変質しているとしたら、それは何をもたらすでしょう。
ここではコーチングの会話とは必ずしも快適な時間ではなく、時にコーチはクライアントのために、その心地よさを打ち破る必要があることを明らかにしていきます。そして、それこそがプロフェッショナルとしての倫理的な行動であることを。
あなたがコーチングをしていて、相手(クライアント)にこんなことを感じた経験はないでしょうか。
口にしている目標に対して真剣みが感じられない、前回「やる」と言っていたことを実行しておらず言い訳モードに聞こえる、顧客を軽んじるような仕事のしかたをしているように感じられる・・・。
これらは、相手に共感しかねる、コーチングをする以前に少し伝えたほうがいいかな、そもそもコーチングを続けてよいのだろうか・・・そういった疑問を感じる場面の例です。
コーチはクライアントに指示を出す、教育するといった仕事ではないし、これが正しいと思うことがあっても、自分のメソッドやノウハウを提供する立場でもありません。では全てがクライアントの主導で進んでいくのかというと、それも違います。コーチングはクライアントの主体性を前提にしていますが、その主体性を最大限に発揮できるようなプロセスを提供する責務がコーチにはあります。

コーチが守ろうとしているものは何?
私がメンターコーチングやスーパービジョンをしていると、それを受けているメンティーやスーパーバイジーが、相手への気遣いや遠慮をしているように感じることがあります。私ならこんな質問をした、こんなフィードバックもできたのではないか・・・といったことを伝えると、こんな反応がかえってきます。
「私も、そう思っていたのです」
「でも、言っていいのかどうか分からなくて」
「気になったのですが、それを伝えたらコーチングにならない気がして」
その瞬間、コーチは何を守ろうとしていたのか。
私たちは話し合いながら紐解いていきます。そうすると大抵の場合、心地よい快適な時間やクライアントとの良好な関係を守ろうとしていたことが見えてきます。
コーチとクライアントの心地よくて良好な関係は、コーチングを機能させるために必要不可欠だと思うかもしれません。しかしコーチがクライアントの発言や態度に違和感を覚えながら沈黙することは、はたして相手を尊重する姿勢なのでしょうか。
コーチとして相手に貢献したいからこそ寄り添っていたのだとしても、それはほんとうの貢献につながるでしょうか。
言いたいことがある。でも、言えない。
ここでコーチングの専門家として、守るべきものは何か。
それは突き詰めると、今ここに完全にコーチとして存在すること。自分自身のすべてを、プロセスの専門家として存在させること―「プレゼンス(の維持)」だと思います。
「クライアントの公私におよぶ可能性を最大化するために思考を刺激する」―ICF(国際コーチング連盟)の定義を用いて言えば、そのためにコーチは存在するのであり、軽やかで快適な会話の時間を提供するためではありません。
しかしICFのコアコンピテンシーでは、ここまでしか言っていません。プレゼンスは大事。では、どうすればプレゼンスを呼び起こし、維持できるのか。どんなに書面でコアコンピテンシーを読んで理解しても、それをほんとうに必要とする局面は、突然やってくる筋書きのないドラマです。
頭でプレゼンスの維持を唱えても、言葉を解釈するための議論を交わしても、ほんとうにそれを必要とする瞬間に生じる情動が、強風となって頭の理解を吹き飛ばそうとします。
心地よい時間から、ほんとうに価値のある時間へ

そこでリアルに踏み込んでコーチングにおける倫理的な実践について学ぶと、ここに無くてはならないものが勇気(Courage=勇気)だと理解できます。
それは巨大な怪物に立ち向かって撃退するヒーローや、命がけの航海を完遂するような冒険家の勇気ではありません。相手との関係が険悪になることや自分の立場が危うくなるのを恐れず、言いにくいことを誠実に伝える勇気です。
コーチングの倫理的実践における勇気はCourageという表現を使います。クライアントとの関係性に対する真摯さを保つ内側から生まれてくる勇気です。これに対して英雄物語的な勇気はBraveで、外敵などに向かっていくような分かりやすい力強さがあります。Braveを発揮する者は自分が中心にあるのに対し、Courageを発揮する者はクライアントを中心におく。私は、そんなイメージをもっています。
言いにくいことを伝える勇気=Courageなしにコーチのプレゼンスは成立しません。コーチングを多様な相手とテーマ、複雑な環境のなかで提供していくほど、「言うべきこと」と「言いにくいこと」の狭間で、コーチが倫理的ジレンマに陥る可能性は高まります。だからこそ今、コーチングの専門性において勇気=Courageが問われているのです。
コーチがクライアントとの対立や摩擦を避けたいと思うのは不思議なことではなく、それを乗り越えて率直に伝えることへの葛藤は、世界中どこでも見受けられます。だからこそ大きな世界共通の倫理的テーマになるのです。
しかし日本の場合は別のハードルもあります。それは「空気を読む」ことで調和を保とうとする特性です。率直なモノの言い方が不自然、失礼、傲慢などと受け取られるリスクがあります。また暗黙の上下関係がもたらすコーチングへの影響。これらの文化的な特徴からみて、欧米社会におけるコーチング以上に勇気を自覚し、実践の工夫を検討する必要があるのかもしれません。
やはりそこで有効なのは、マインドフルネスを通した自己認識と自己管理を土台にすること。そこからはじまり、そこにもどる。勇気の源は、ここ。そして聴くことのなかに、自分の内側の声を聴くことが加わってきます。
クライアントの話に耳を傾け寄り添っているうちに、コーチである自分の内面に生じてきた波紋。その正体が何であるかを観察することは、マインドフルリスニングの大切な要素のひとつです。そして次は、観察したものの正体を正直に見定めること。これは自分自身への誠実さだと思います。
ほんとうにクライアントの可能性を最大化するためには、相手に心地良い時間を提供することと、ほんとうに価値のある時間を提供することの間にある溝に気づく必要があります。その溝に漂う葛藤を直視して、そこから踏み出していく勇気こそが、倫理的実践を支えるプレゼンスを駆動させます。
*********************************************************************

