Mindfulness Based Coach Camp 典生人語

気候心理学に立脚したコーチングの役割~ネガティブ感情からの気付きを支援する~

吉田典生 投稿者:吉田典生 カテゴリー:典生人語

気候心理学に立脚したコーチングの役割~ネガティブ感情からの気付きを支援する~

 

ライフコーチングを提供する際、もしもクライアントがこんな問いを抱いたら

アメリカの異なる土地に住む2組のカップルが、それぞれ次のような問いを抱きました。

私たちは新しい命をこの世界に送り出すべきだろうか。

この土地に30年のローンを組んで家を買ってもいいのだろうか。

また1人の若者は、こんな問いを抱いています。

家業の農場を継ぐべきだろうか。

 

いずれも20代。これらの問いを見て、あなたは若い人がもつ特に珍しくない悩みだと感じるでしょうか。

それとも目を通した今この瞬間、なにかべつの思いが立ち現れてきたでしょうか。

ミレニアル世代、Z世代が抱く問いを理解する

ミレニアル世代、Z世代が抱く問いを理解する

 

じつは彼らの問いには共通の背景があります。それは今日の世界を覆う気候変動に関する重大な懸念です。

既に人が溢れ深刻な状況に陥っているこの惑星に、さらに人を増やしていいのか。

家を買うことを躊躇するカップルが住むバージニアビーチ沿いは、海面上昇で浸水して水没する恐れが指摘されている場所です。

農場を継ぐことに悩むのはカンザス州西部に住む若者ですが、ひどい干ばつや地下水低下が顕在化することで、これまでの農業のあり方を見直さざるを得ない状況に直面しています。

 

気候心理学に立脚した対人支援とコーチングの役割

気候心理学に立脚した対人支援とコーチングの役割

 

進学、就職、独立、結婚や住宅などの高額消費。

人生における大切な意思決定の場面に、気候問題が大きく関わってきています。この問題に関する正しい情報が、けっして日本では多いとは言えません。だからこそ世界の動きを知っておくことは重要で、それはこれからの日本社会を展望するためにも欠かせないことだと思います。

いわゆるミレニアル世代以降の若年層は、概ね気候問題が認識され始めた社会で育っています。とりわけ問題が広く顕在化してから生まれた10代や20代前半は、“Fridays for Future”を立ち上げたスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが象徴するように、この問題に関する人類の代弁者となっている感があります。

 世界で最も知られた医学誌の出版社The Lancet(オランダ、編集拠点はロンドン、ニューヨーク)が発行する「The Lancet Planetary Health」(202112)には、世界10か国(オーストラリア、ブラジル、フィンランド、フランス、インド、ナイジェリア、フィリピン、ポルトガル、イギリス、アメリカ)のいずれかに住む若者(16歳~25歳)を対象に、気候問題が心理面に及ぼす影響についての調査結果が掲載されています。

※(これら10か国は、客観性の高いデータを得るために文化面や経済面、気候に関する脆弱性などに関する多様性を担保するために選択されたとのこと)

その結果、なんと約1万人の回答者の半数以上が「人類は滅亡する」という見方に同意しました。さらに現在の地球環境を取り巻くさまざまな不安が、自分の睡眠や学習、遊びなどの妨げになっていると回答しています。

 また上記ほど緻密な調査ではありませんが、気候変動に関する学際的な研究論文を掲載する「Climatic Change」(独、英に本拠を置く学術出版大手SPRINGER NATURE刊行)には、もう少し上の世代の思いが紹介されています。同誌が607人の米国人(27歳~45歳)にアンケートを行った結果、96.5%は気候変動に見舞われる世界を我が子が生きていくことに懸念を抱いていたのです。

このような社会状況で立ち上がった新たな心理学が気候心理学(Climate Psychology)です。

 

コーチングと気候心理学の親和性

新たな心理学、気候心理学(Climate Psychology)

気候変動やそれに起因する生物多様性の毀損、さまざまな環境破壊は、顕在意識と無意識領域の両面において、喪失感や悲しみ、罪悪感、不安、絶望などの強いネガティブ感情を駆動する要因となってきています。そうした心理的メカニズムへの理解を深め、対処していくための学問が気候心理学です。

前述したような調査によって、若年層を中心とする人々の意識は可視化できます。また気候問題を正しく認識するためのリソースも増えています。しかし「事実や情報を共有するだけでは変化を促進することはできない」というのは、既に大方の共通認識です。それは良くも悪くも感情が人を動かし、思考や行動に大きな影響を及ぼすからです。

そこで気候心理学は哲学や文学などにも心理学的な洞察の範囲を広げ、複雑な人間の内面に光を当てていくことを目指しているようです。それは気候問題から人々が被るダメージや抱える課題は、単に起きていることや起きようとしていることから生じる感情の問題だけではないからです。

望ましい変化を起こすことを阻む古い文化や慣習、考え方の違いによって生じる周囲の人々との摩擦にも目を向けなければなりません。また、とてつもない変化には人間の想像がついていかないので、これまでの思考の枠組みで安心感を与えてくれるような陰謀論の餌食にもなりやすい状況です。

複雑で多面的な人間を包括的にとらえながら、心理的資源を見出していく。そこに気候心理学のチャレンジがあるとなれば、コーチングとの親和性は明らかだと思います。

気候問題に対処するコーチングに不可欠なファクトフルネス

気候問題に対処するコーチングに不可欠なファクトフルネス

私たちがマインドフルコーチング®の立場からマインドフルネスに言及することは当然なのですが、ここでは気候問題に対処するコーチングを構築するために欠かせないファクトフルネスにも目を向けたいと思います。

前述したように事実を知るだけでは世界を変えられないけれど、あまりにも正しい情報が共有されていないのも問題だと思うからです。(特に日本社会において)

データにもとづいて世界を正しくとらえる・・・それがファクトルネスの考え方です。そこでいくつかの情報を、まさにファクトとして共有します。

イギリスのガーディアン紙(the Guardian)は、同国の新聞(現在はデジタル)のなかでも環境問題に関する調査報道で定評があります。

その同紙が伝えるところでは、温暖化によって胎児や乳児、幼児、幼児の健康が損なわれているそうです。

温暖化によって胎児や乳児、幼児、幼児の健康が損なわれている

たとえば、世界的に体重過多か肥満の子どもが増えています。その要因として考えられるのが、脂肪を燃焼させる必要性が低下していること。もともと人間は、外気温の低下に対して体温を維持するために脂肪を燃焼させるからです。

また温暖化による大規模な火災が頻発するカリフォルニア州の研究もショッキングです。妊娠前の月に母親が山火事に遭遇すると、生まれた赤ちゃんの臓器が皮膚の小さな穴から飛び出す胃瘻という先天異常のリスクが、従来の2倍になることが判明しました。さらに山火事に近い場所に住む母親は、妊娠初期の3か月に先天性異常のリスクが28%上昇することもわかりました。

こうした母親や“Climate Babies”の調査は複数の研究から報告されており、特定地域だけの問題ではありません。

前述した「The Lancet Planetary Health」の世界規模の調査では、気候変動に起因する大きな災害に見舞われた国ほど、不安や絶望などの否定的な感情を強く抱く若者が多いことが示されています。しかし相対的には深刻さが低い調査国も含め、ネガティブ感情を訴える人は50%を超えています。それは感情面だけではなく、身体機能への影響にもつながっていると多くの人が答えています。

とても考えさせられるのは、「自国の政府が適切な対応をしていない」と否定的な評価が多かったとの報告です。政府に対する否定的な意見への同意は10か国でそれぞれ59%から64%となっており、肯定的な意見への同意の30%から37%を上回っています。

この論文でも指摘されているのは、気候問題に対処すべき政府や大人たちの姿勢と行動を見て、若年層が「裏切られた」と感じていることです。

大人たちは地球を大切にしなかった、将来は恐ろしい、人類は滅亡する、親が経験してきたような機会を自分たちは得られない、価値あるものが破壊され安全が脅かされると、多くの世界中の若者が考え、感じています。

感情的知性が悲観や絶望をポジティブチェンジの源泉に変える

感情的知性が悲観や絶望をポジティブチェンジの源泉に変える

このようなファクトを突きつけられている私たちに何ができか?ではなく、大きな決断をもとに行動を起こした人の話をします。

それは本稿冒頭でふれた子供を持つことを躊躇していたカップルです。彼らは20213月に子供を授かり、その子をケイティと命名したそうです。そのことを紹介しているナショナルジオグラフィックの記事によると、「この子の世代に、正しいことのために闘う善良な人がいてほしいから」

そのように両親が決断に至った理由を紹介しています。

202211月のCOP26では、若者たちの環境活動のアイコンであるはずのグレタさんが後ろに下がり、世界各国の同世代がマイクを握る姿が印象的でした。インターネットを通したミレニアル世代やZ世代の気候問題への発信、新たなライフスタイルの実践は、上の世代より顕著であることをビュー・リサーチ・センター(ワシントンD.C.にあるシンクタンク)が伝えています。

ケイティちゃんの親となった二人の言葉には強く胸を打たれます。

「私たちは世界の愛すべきものをこの子に教え、この子を守るために人生をささげようと思います。そしていつの日か、不確実な未来に直面する我が子やすべての子どもたちと一緒に闘います」

神経科学や感情的知性の研究、それらに基づくコーチングの実践から言えることは、若者たちを覆うネガティブな感情は、それに溺れない限り健全なメッセージだということです。

いま私が感じている不安は、私に何を伝えているのだろう。

いちど立ち止まって、そのように問いかけます。感情的知性(エモーショナルインテリジェンス)の学習では、感情には何らかのメッセージが込められていることを学びます。その中身を知ることが、建設的な行動の糸口になります。

強い悲しみによって、失いたくないものや本当に大切にしたい価値とは何なのかが心の底から浮かび上がってくるでしょう。

本稿を書いている今、パキスタンでは国土の3分の1が水没する前代未聞の被害が出ています。沖縄には超大型台風が停滞し、長時間の暴風雨による被害が報じられています。

そのようなニュースがつづくと、さらにネガティブ感情が渦を巻くかもしれません。

しかしそれらは、最新の認知神経科学の研究によると、これまで既に経験してきた出来事や記憶とつながることで生成されている感情だと言われています。

つまり災害のように自分の力でどうすることもできないものではなく、私たちが自分で感情を意味づけて認知しているのです。ですからこうした感情を自ら転換していくことは可能です。前述したケイティちゃんの両親のように。

コーチングが人間の善性に働きかけるとき

コーチングが人間の善性に働きかけるとき

 

人間の本質は善である。

 

『サピエンス全史』の著者であるユバル・ノア・ハラリが絶賛した『Humankind』の著者で若き歴史家・ジャーナリストのルドガー・ブレグマンは、著書でそのように述べています。

同書では膨大な研究をたどりつつ、いかに人間が善き未来をつくっていけるかを探っています。その中身についてここではふれませんが、私はこの本を読んで、コーチングが次の文明社会に貢献し得る可能性を感じました。

ファクトフルネスで事実を受け止めたら、そこでどんな混乱や戸惑いが生じていようが、あるがままに気づくマインドフルネスにもどりましょう。

いちど立ち止まって、ゆっくり深呼吸する。少しだけ身体が落ち着くまで。

そして呼吸を探さなくても、呼吸が身体に波として伝わり消えていくのを少し味わう。

もう少し落ち着いてきたら、さきほどのネガティブな身体感覚が何を伝えてくれていたのか、メッセージに耳を傾けてみる。

そのメッセージを受け取りながら、自分を応援する。私が健やかでありますように。私の大切な家族が健やかでありますように。地域の人々が、この国の人々が、世界中の人々が健やかでありますように。

今の辛い状況は、自分だけじゃないよね、多くの同時代を生きるみんなが味わっていることだよね、ということに思いを向ける。

 

そして変化してきた感覚や、それでも変わらない感覚を、そのまま、あるがまま観察する。

 

5分、10分、15分。

 

そういう時間を慈しんでみる。

 

それを瞑想と言っても、マインドフル“セルフ”コーチングと言ってもよいでしょう。

 

傷んだ世界は、「いいことをするだけ」で世界を変えていくチャンスを提示しています。

 

私たちは、そういう画期的な歴史のターニングポイントに立っていると考えることができます。

 

これを読んでくださっている人の多くは若者よりも上の世代かもしれません。だとしたら、最後に一つ、自分に問いかけてみてください。

 

もしも自分が、今日この世界に生を受けたとしたら。

 

実際に何十年か前に生まれたあなたと同じように、今日も世界のあちこちで、日本のあちこちで、あなたの街で、新しい命が誕生しています。しかし彼ら彼女らは、あなたや私が生きてきた世界よりも不安定で、危険な世界を生きていくことになります。残念ながら、これはもう避けることができません。

 

あなたは20213月に生まれたケイティちゃんや今日生まれた子どもたちと一緒に、善なる目的に向かって闘いますか。それとも。

 

MBCCファウンダー 吉田典生