Mindfulness Based Coach Camp 典生人語

コーチングが気候危機に貢献できる5つの理由

吉田典生 投稿者:吉田典生 カテゴリー:典生人語

気候危機に対処するコーチングのリソース

気候危機をめぐるコーチングの動き

MBCCでは国際コーチング連盟(以下ICF)が2020年に発表した気候変動に関する声明(複数のコーチング、メンタリング、スーパーバイジングに関わる国際団体との共同声明)に呼応して、この問題にコーチングを通してプロフェショナルコーチが取り組むためのプログラムを開始しました。(気候危機に対処するコーチング-Coaching for Climate Crisis-

またDr. Josie McLean(オーストラリア、2009ICFグローバル・プレジデント・アワード受賞)氏らが中心となって設立された気候問題に取り組むコーチの国際ネットワーク、Climate Coach Alliance には、あっという間に2000名を超えるメンバーが集まりました。

私も日本チームの世話人をつとめています。

そしてMBCCがコーポレートスポンサーとして協働しているICF財団 は、SDGsへの取り組みを含め、こうした人間社会と文明の危機に関するコーチングの貢献をリードしています。

地球儀をまわしながらコーチングというものの社会への関与を眺めてみると、気候危機は避けられないテーマとなりつつあります。しかしまだ日本では、「コーチングがどうやって気候危機に役立てられるの?」、「つながりがよくわからない」、「重要な問題であるのはわかるけど、コーチとして私に何かできる実感がない」といった声を聞くことが多いです。

そこでまず、昨年スコットランドのグラスゴーで開催されたCOP26に参加した方の話からご紹介しましょう。

情報格差とリテラシー

「ヨーロッパでは気候危機に関して一般市民がふれることのできる“タッチポイント”が多いのを実感する。たとえば街中を走るバスのドライバーさんなどが、雑談のなかでふつうに気候危機について話している」

これは弊社(一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート)が加盟しているJCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)主催のCOP26参加報告会で、パネラーの一人が“日本の現状”に触れるなかで出てきた言葉でした。

こうした情報格差の背景をたどっていくと本稿の趣旨から外れるので、それについては別の機会に譲ります。ただ一つだけ押さえておきたいのは、当然ながらこうした情報格差が、各国のコーチたちの情報格差にもつながっていることです。

あくまで私個人の肌感覚ですが、日本は主要先進国のなかで気候危機に関するリテラシーが低いです。逆に言えば、このギャップを埋めて適切な行動を加速させることに、プロフェッショナルコーチが貢献していく余地があり過ぎるほどにある、ということだと考えています。

気候危機に対処するコーチングの可能性

気候危機に対処するコーチングの可能性

気候危機に対処するコーチングの可能性を、特に「エグゼクティブコーチングや企業におけるコーチングの実装」に的をしぼり、5つの観点から整理していきます。これらの要素は互いに関連してくるので、その意味合いも含めて順にみていきましょう。

①時間軸

中長期テーマを扱うコーチングは今世紀最大のテーマである気候危機にマッチする

1つめは、基本的にコーチングにおいては目先の課題解決よりも、中長期のテーマを扱うという特性です。

実際問題として、組織でもっとも大局的に物事をとらえて行動することを求められるはずの経営層でも、短期的な視点に陥っていることが珍しくありません。エグゼクティブコーチングを通して実現できる価値のひとつは、時間軸を伸ばしてあるべき姿を考えること。クライアントはコーチングの対話を通して、そのことを実感します。

このコーチングの対話やコーチとクライアントの関係性が持つ特性が、気候危機と自分や組織、事業を接続する大きな力になります。

先日あるクライアントにコロナ禍でのリモートワークの影響について聞いた際、こんな言葉が返ってきました。

 「目の前の業務についてのやり取りは特に問題ないが、コロナ前のように雑談しながら面白い気づきが生まれてくるような会話がしづらくなった」

こうした働き方の変化も視野に入れ、以前にも増してコーチは時間軸を意識した関りが求められていると思います。コーチがもつ時間軸を伸ばすための視点の揺さぶりは、気候危機という避けられないテーマにクライアントが向き合うための力になります。

 ②距離感

親密でありながらも醒めた眼でクライアントに関わる関係性の力

2つめは、コーチとクライアントの他にない特殊な関係、独特の距離感です。前述した時間軸を伸ばして考えることが難しい理由のひとつは、目の前にある何らかの責任を果たさなければならないことでしょう。今期の業績目標に届く見込みが立っていない状況で、2030年には組織全体でカーボンニュートラル(事業における炭素排出と吸収の量をプラスマイナスゼロにする)を実現せよと言っても、なかなか切迫感をもったゴール設定にはなりにくいですよね。

しかしコーチは、こうしたクライアントの日常に対して絶妙の距離感をもって関わることができます。クライアントに寄り添い、共感し、心理的安全性を担保された信頼関係を築く一方、この人はいまどんな状態にあるか、なにを考えているのか、見えていないことや表現しきれていないことはなにか、距離をとって観察する役割も担っています。

この距離感がクライアントの思考パターンや組織のメンタルモデルを、醒めた眼で見つめるために不可欠です。そしてコーチが備えている適切な距離感が、クライアント自身の経験値や成功体験がつくりだしているバイアスへの気づきを促します。

リソース不足の中で新サービス開発に苦闘していたベンチャー企業の役員に、こんな質問をしたことがあります。

「きょう〇〇さんの顔をみていると、まったく楽しそうな表情が見えません。この挑戦を続けている気分はどうですか」

それから、課せられた非現実的なほどの高い目標に悪戦苦闘していた本人のなかに、まったく違う風が吹き込み始めました。

コーチは目の前の業績に対して血眼になる必要はありません。誤解を恐れずに言えば、無責任でいることができます。それによってクライアントに勇気を吹き込む手伝いができます。

こうして1つめの時間軸の引き延ばしが、適切な距離感をみつけることでさらにパワフルな対話をもたらします。

注意の科学

注意の科学

サバイバル反応を制御して未来に向けた神経回路をつくる

それでも気候危機をリアルな事業テーマに取り込むことは、経営層にとっても管理職層にとっても容易ではないでしょう。頭では大事なことだと理解しても、感情がそこに連動してこないかぎり本質的な行動は生まれません。

あまりにも複雑性の高い問題であり、当面の業績にはむしろマイナスにさえ映りかねないからです。

コーチが貢献できる3つめの観点は、まさにこの簡単ではないことのメカニズムを理解して関与できることです。

そもそも人間の注意は、目の前の脅威や美味しいものに引き寄せられます。これはサバイバルの世界を乗り越えるために、私たちの先祖がもっていた脳の仕組みです。

原始の人々にとっての脅威は気候危機ではなく、食糧が尽きることへの不安や肉食獣に襲われることへの恐怖だったわけですから。

認知科学にもとづく注意のメカニズムを理解したコーチは、クライアントの注意の向きや質を観察しながら関わります。人間は常に“目の前のこと”に反応する傾向があるのを知ったうえで、先に待ち受けている大きな脅威へのリマインド機能を果たします。

それだけではありません。未来に目を向ける、未来から逆算してバックキャストで行動戦略を練る・・・。こうした思考は、新雪のなかをヨロヨロ歩きながら道をつくっていくように、コーチングの対話を繰り返す中で脳の神経回路を再構築していきます。

 コーチングは稀に存在するビジョナリーなリーダーに依存せず、より多くの人が、より良い世界を構想するために一人ひとりの神経回路を強化していのです。

④システムと文化

組織を変えるためのコーチングから社会を変えるためのコーチングへ

4つめの観点に入るまえに、もういちどコーチングと気候危機を接続することへの疑問にもどります。

こんな大きな問題、とても私ひとりでは・・・。これは気候危機が気になっているコーチにも、そしてクライアントにも生じてくる心の声です。

ここで確認しておきたいことは、どういうときに「コーチングの成果」が実感できるのかということです。もちろん事象はさまざまですが、コーチングを受けた個人があくまで閉じた一人の存在として成果を実感するのでしょうか。

成果のきっかけとなる認知の転換、新しい世界が見えてくるといったことは、たしかに個人の内面的なドラマです。しかしそうした変化が生まれた後に起きることを想像してみてください。

今までうまくいっていなかった相手との関係が変わる。新しい行動を通して思いもよらぬ反応が現れて物事が動き出す。弱みを開示したら周囲も心を開いてくれるようになる。勇気を出してリクエストしたら、難しかった相手が協力してくれるようになった。

 間違いなくコーチングを受けた価値があったと思えるようなコーチングの成果とは、自分を取り巻く構造や関係性を通して実感できるもの。コーチングは対人関係、ひいては文化やシステムに作用することで、方法論としての可能性を最大化します。

気候危機を乗り越えるためには、システムを変える必要があります。単に個人のエコ活動を支援して、今月はエコバッグを使うようになる、来月はごみの分別を徹底できるようになる、といったように、ただ個人目標の達成を支援するコーチングでは不十分です。

もちろんその価値を否定するものではなく、それが周囲に少しずつ好影響をもたらすことも考えられるとは思います。しかしリアルな現実問題として、個人的な行動だけでは時間が足りません。コーチングがシステム変革につながるものだという視座をもち、それを支援するスキルがプロフェッショナルコーチには求められます。

気候危機にコミットしている世界のコーチたちの間でも、“システム”という言葉が盛んに出てきます。「組織の文化を変える」といった文脈で評価されてきたコーチングの可能性が、今や世界のシステムチェンジという文脈でも期待されているのです。

倫理への立脚

⑤	倫理への立脚

コーチングはエシカルな仕事 能力の上位概念に倫理がある

なんだか大きな話になってきたな、自分にそこまでできるとは思えないなあ・・・。そんな声が聞こえてきても、まったく不思議ではありません。しかし先に述べた4つめの観点、システムの変化を促すことができるのは、コーチングの関係性を結ぶ人自身がシステムの当事者だからです。

私たちは誰もが大きなシステムの一部、あるいは地球の生態系の一部です。その感覚を経験せずに、閉じた固体としての「自分」という慣れ親しんだ視点で世界を見る限り、私にとっても、あなたにとっても、ここで述べていることは大きな話です。雲をつかむような、と言ってもいいかもしれません。

システム思考の教育者で学習する組織の提唱者であるピーター・センゲ(MITスローン経営大学院上級講師)は、「変革はシステムの内部からしか起こらない」と述べています。

変革の力を私やあなたが実感できるか否かは問題ではなく、ただ「私たち」が連鎖していくことで変革は生じてきます。

歴史のどの地点にいるか、社会構造や組織のどの場所に位置しているかによって、自分の力を実感しやすい、しにくい、の相違はあるのかもしれません。

しかしネジ1本の脱落がトラブルを招くように、誰一人として影響を及ぼさない存在はいません。また誰であっても、たとえジェフ・ベゾスでもイーロン・マスクでも、レディガガでもBTSでも、大谷翔平でも、一人で世界を変えることはできません。

システムの一部としてコーチング(あるいは実践者としてのコーチ)が果たす可能性の5つめは、この専門職の能力は倫理を基盤にしていることです。ICFの学習と認定の基準となるコアコンピテンシーには、上位概念としてCODEと称される倫理規定があります。

2020年にコアコンピテンシーの改訂が行われましたが、それに先立つ2019年に倫理規定が改訂されました。

コーチの仕事は、常に倫理をもとにまわっているのです。

これが気候危機にコーチング対処する可能性の源泉です。本稿前半にご紹介した Climate Coach AllianceJosieさんたちと、「いずれICFの倫理規定に気候問題についての取り組みを明記したい」という話をしました。

じつはこのことが、MBCCで気候のプログラムを率先して導入する一つの契機にもなり

ました。

時間軸を伸ばし、相手と適切な距離をとり、脳の反応を科学的に理解したうえで、個人を起点にしてシステムに働きかける。そのための動機の根本に倫理がある。

こうした観点からコーチングをとらえ直していくと、気候危機への対処にかぎらず100年先の世界に遺せるコーチングの可能性を再認識、再発見できるのではないかと思います。

気候危機という人類共通のテーマは、コーチングを鍛えてくれる最大にして最強のテキストなのかもしれません。

MBCCファウンダー 吉田典生