コーチングを受けることで結果を出すには(2)
コーチングを受けるからには「良いコーチ」を選びたいのは当然。それとともにコーチングを受ける側のコーチングに対する準備と理解も同じくらい、またはコーチの経験や実力以上に重要になります。コーチングを受けて結果を出すクライアント側の能力や姿勢を、コーチングの学習では「クライアント力」とか「コーチャビリティ」と表現します。
結果を出すために押さえておきたいポイント
前回はコーチングを受けて結果を出すために押さえておきたい、いくつかの大切な前提情報をお伝えしてきました。以下、ポイントをおさらいしておきます。
- コーチングを受ける理由と成果の両面で「コミュニケーションスキルの向上」が1位となっている(PwCによるGlobal Consumer Awareness Study2022)。一方でコーチングを受ける理由も成果も複数の要素が重なり、関連して相乗効果をもたらしていることが考えられる。
※上位に挙がっている成果は、
1位 <自己肯定感/自己信頼感の向上>
2位 <ワークライフバランスの改善>
2位 <生産性の向上>
※2位の2項目は同率
4位 <ウェルビーングの向上>
5位 <個人とチームのパフォーマンス最適化>
6位 <プロフェッショナルなキャリアの拡大>
- コーチングとはどういうサービスで、どういうものではないかについての理解と基本的にどのようにコーチと関わっていくかについて明確に合意する。
※コンサルティングやカウンセリングなどとどう違うかを認識しておくことで、いま自分に必要な支援がコーチングなのか否かについても検討できる。
- コーチングを受けるにあたっての自分の立場や課題の大枠をイメージしておくとともに、一人の自分のなかに存在する複数性も認識しておく。
※漠然とした状態で受けるよりもコーチングの関係を結ぶにあたって当事者意識を持ちやすく、それがコーチングの成果につながる。一方でさまざまな役割、アイデンティティを持つ自分の可能性に意識を向けることで、コーチングを通した学習や自分自身の発達を促進することが期待できる。
では今回の内容に入りましょう。コーチングは基本的には一定の間隔をあけて継続的に受けていきます。その過程で大切になるポイントをみていきます。
準備とふりかえりの時間をとる
コーチングを受ける時間(通常コーチングセッションと呼びます)は30分~60分程度が基本ですが、慌ててオンラインに入り(あるいは面談の場所に駆け込み)急いで次の予定に移るのは、もったいないコーチングの受け方です。
私はクライアントにそのような様子がみられたら、最近の状況や1日の様子を確認します。
大切な仕事には下準備とリフレクションが必ずあるように、コーチングにも同じレベルのコミットメントを求めます。
それはコーチングという対人支援が、原則として自律的な思考と行動のとれる状態にある人に向けたものであることと合致します。
コーチングを受けるということはコスト負担ではなく自己投資です。最大のリターンを得るためには、大切な仕事と同じように(仕事の一環といってもいいと思いますが)自分の身体と心と頭をコーチングセッションに注ぎ込む必要があります。
きょう何を話題にしたいかを、前回のコーチングから今までの経緯とともに確認して明確にしておくこと。話したいことが複数あれば、それらの選択肢を頭に入れておけばいいのです。
クライアントがそのような準備をすることで、コーチはこのコーチングセッションのプロセスを最適化するためのゴールを速やかに、そして一緒につくっていくことができます。
コーチングとコーチングの間に線を引く
またコーチングが終了したらセッション中に書き留められなかった大切な気づきやネクストアクションについて整理して、コーチングセッションと次のセッションの間を結ぶ行動にコミットします。
これはコーチングとコーチングの間に当事者として線を引くようなイメージです。これがない点だけのコーチングは浪費といっても言い過ぎではないと思います。
コーチングを受ける過程でいちばん重要なのは、コーチング後に行動を起こして次のコーチングにつなげること。継続的なコーチングが果たす役割は、2つのセッションの間にある行動の促進と、その行動のもとになる判断や意思決定の質を高めることです。
ただし行動といってもクライアントの状況やテーマによっては、立ち止まって静かに考える時間をつくること、多すぎるタスクを削る決断をすることなど、抑制的な内容であることも十分に考えられます。
コーチではなく自分の気づきと行動に期待する
受け身の学習に慣れている人は、どんなにコーチングがクライアントの主体性にもとづくものだと頭では理解していても、コーチからのアドバイスを期待していることがあります。これは特に所属先の企業がコーチ(コーチング会社)と契約して従業員としてコーチングを受ける(ミドルマネージャー以上に多いパターン)場合、陥りがちなケースです。
自分の明確な意思をもたずにコーチングを受けることは考えにくいC-Suite(CEOやCOOなどの経営職)よりも、率直にいって日本ではミドルマネージャーのリスクが高いです。これはコーチ側もコーチングを受ける側も(該当する人は)、ぜひ認識しておいてください。
コーチングを受けるということはコーチに導いてもらうことではなく、コーチの前に立って自ら進むことをコーチに後押ししてもらうこと。
中国の古典である老子には「人を導くということは、人の後ろを歩くことに他ならない」という言葉があります。これはコーチングマインドをもった導きそのものであるし、コーチングを基軸にしたリーダーシップといえます。クライアント側もそのようなコーチングの原則的な考え方を理解しておくことが肝要です。
連続的な思考と非連続的な思考を併せ持つ
ここまで述べたことは、どちらかというとコーチングで扱うテーマやそれに沿った行動を連続的にとらえ、結果を積み上げていくようなストーリーです。ひとりで考えていてもなかなか行動を起こせないこと、行動は起こせても長続きしないことなどを、コーチが伴走することで連続性にあるものにしていく。これはコーチングの分かりやすい価値創出のイメージといえるでしょう。
しかし人の学習と行動というものは、それほど単純ではありません。ときには対話のなかでまったく予期していなかった着想が生まれ、想定外の計画や行動につながることがあります。また計画に沿った行動のなかで、達成しようと思っていたこととは別の成果が出てくることもあります。
このようにコーチとクライアントの協働的なジャーニーは、いくつもの副産物が生まれたり、サイドストーリーだったことがメインになったりといった、非連続的なダイナミズムにあふれています。
しかし目の前の成果やクリアになった事を実行することだけに固執してしまうと、せっかくのダイナミズムを制約してしまうかもしれません。
コーチングを受けているのだから結果を出したい、というのは当然ですよね。ところが結果を出したぞ!という実感を得るために、意識的になのか無意識のうちにか両方の場合があると思いますが、比較的ハードルの低いテーマや容易な行動を選ぶことがあります。
そうすると予定調和の結果が導き出されて一定の満足が得られるかもしれませんが、ほんとうの果実を味わうことはできないでしょう。
コーチングを受ける側がこのようなパターンを選択していくことは、決して珍しくありません。またコーチ側にも結果を出せそうな話題を選びたいという無意識の作用が働き、コーチとクライアントが一緒に易きに流れていくリスクもあります。
スッキリよりも「モヤモヤする能力」を磨く
コーチングの可能性を最大化するために必要となってくるのは、モヤモヤした状態を味わう能力だと思います。非連続な思考や行動の過程では、直感に反することが多数起きてきます。
たとえばチームのメンバーを説得するためのアプローチを考えて取り組んだとします。コーチングの時間に方法を吟味し、これならいけると確信した。ところがコーチング後に試してみたら反応が非常に鈍かったとしましょう。
継続的なコーチングを通して徹底的に取り組む決意を示したので、諦めずにつづけたい。コーチングを受けているからには前向きに取り組むぞ、というのは一つの判断ですよね。途中で諦めましたとはコーチに言いたくないし。それはたしかに建設的な行動。しかし説得というアプローチに何ら光が見えなかったら・・・。
答えを出せない苦しい状態に耐える能力をネガティブケイパビリティといいます。ここをコーチが適切に扱うためには、相当な経験とスキルが必要です。その一方でクライアント側がモヤモヤを受け入れる覚悟をもってコーチングを受け続けることで、コーチングの機会をフル活用して新たな視点を見つけ出す可能性は十分にあります。
学びが深まる中長期的なテーマを探す
コーチングで結果を出そうとするときに、どのくらい先を見て考えたいですか。またコーチングのゴール設定において、どのような時間の長さをイメージするでしょうか。
コーチングの原則的なとらえ方として、緊急かつ重要なことよりも緊急ではないけれど重要なこと(中長期的な取り組み)がコーチングを受けるテーマに適しているという見方があります。
たとえば転職を目指している人が「来週のジョブインタビューを上手く乗り切る」ことは緊急かつ重要事項であるのに対し、「自分の将来像を明確にした上で転職への行動戦略をつくる」ことは緊急ではない重要事項ですよね。
コーチングの価値創出は成果と学習という2つの要素で成り立っています。先の例でいえば、転職に成功するというのが一つの成果。そして転職を考えながら自己認識を深めていく過程に学習があります。また、どのように自分を伝えれば効果的かを練り上げる過程にも学習がありますね。
コーチングには“急がば回れ”のマインドセットが必要
何らかの学習を通して大きな成果につながると考えれば、コーチングを受けるには中長期的なテーマが向いているというのは、一つの原則として理解していただけると思います。
ただし「目前のジョブインタビューを成功させること」がコーチングのテーマにならないわけではありません。最後の詰めの準備をどうするか、緊張する場面でどう自己管理するかなど、本領発揮のためのヒントを見つけ出すこと、行動を最適化することもできるでしょう。
ここで押さえておきたいのは、緊急性の高い課題には知識やスキル、情報のインプットが優先される場合が多いということです。
ジョブインタビューの場合でも、それが来週であれば漠然としているキャリア像を明らかにしていくことより、もはやロールプレイングが必要かもしれません。これはコーチングではなくトレーニングです。
もう一つの例を挙げましょう。
営業部門を率いるマネージャーが、今月の売上が目標に達していないので、最終週のスパートを考えたいとします。
これだけの情報だとコーチングの絶好のテーマになりそうですが、営業メンバーのスキルはどうなのか、商品は揃っているのか、セールス活動の計画は妥当か。問題点を特定してコンサルテーションしていくほうが解決策として向いているかもしれません。
ここでもコーチングが活用できる可能性はあります。しかし歯が痛いから歯科医院に駆け込むような目先の苦しみを解決しようとするときは、落ち着いて自分を洞察して内面の発達に取り組むような、急がば回れのマインドセットにもっていくのは容易ではありません。
コーチングへの醒めた眼と強い決意
最後に前回の冒頭で述べた大切な前提を繰り返しますが、コーチングにかぎらず世の中の手段に万能薬はありません。
あなたの状況と目的に応じた手段を見出していく必要があります。それは狭義で考えればコーチングのさまざまなアプローチから最適化させることだし、さらに広く考えればコーチング以外のさまざまなアプローチを含めて手段を最適化させることでもあります。
コーチングで結果を出していく人は、コーチングの活かし方を知っている人だと言うこともできます。
コーチングの機会をどうやって活かそうかと考えていれば、そのために有益な情報を自分のコーチ候補に求めるでしょう。そうなればひたすらコーチングを礼賛する、客観的な視点をもたずにコーチが自己アピールするといった姿勢への批判的な目も持てるはず。またコーチングの周辺領域について、どのくらいの知見があるかも判断しやすくなります。
コーチングを過信しないこと、盲信しないこと。ある種の醒めた眼とコーチングを受けることへの強い決意を共にもつこと。そうすれば、あなたの目の前にいるコーチの誠実さやほんとうの自信、倫理感が浮き彫りになってくると思います。
MBCCファウンダー 吉田典生