Mindfulness Based Coach Camp 典生人語

エモーショナル・アジリティとは~ポジティブ主義の幻想を捨てて恐怖と不安を抱えたまま前進する~

MBCC事務局 投稿者:MBCC事務局 カテゴリー:典生人語

いま私たちが必要とするエモーショナル・アジリティとは

エモーショナル・アジリティ

EQと称されることの多い感情的知性(エモーショナル・インテリジェンス)は、昨今の神経科学によってメタスキルとしての重要性が指摘されています。

もとはダニエル・ゴールマンの世界的ベストセラーEmotional Intelligence(邦題『EQこころの知能指数』)を機に、90年代半ばから注目され始めました。

簡単に言うと、自分の感情に気づき効果的に活用することで、公私にわたる成功と幸福につなげるための能力です。いちおう学術的にもっとも合意されている定義を紹介しておくと、

 思考の助けとなるように感情を理解し、

アクセスし、創出する能力

~ピーター・サロベイ、ジョン・D・メイヤー~

となります。

ちなみにピーター・サロベイは現在のイェール大学の学長で社会心理学博士。ジョン・D・メイヤーはニューハンプシャー大学の心理学者で、二人は感情的知性の概念と能力モデルを確立したパイオニアです。

両博士の研究が契機となり、現在では世界にさまざまな感情的知性のコンピテンシーモデルが提唱されています。感情という可視化できない要素を扱っているので、どんな能力が感情的知性を構成するかについての表現や区分が違ってきます。

感情は理性に大きな影響を及ぼしている

しかしどのようなコンピテンシーモデルも、感情が理性に大きな影響を及ぼしているという神経科学研究の前提があります。古代ギリシャのストア派哲学に『汝が感情に支配されないように、汝が感情を支配せよ』という言葉が遺されており、紀元前からの叡智が現代の神経科学によって裏づけられているようでもあります。

感情の理解と活用の間にあるギャップ

感情知性

さて、ここで多様なコンピテンシーモデルを貫く重要なことが、もう一つあります。それは感情を十分に理解するだけでは意味がない、ということです。感情的知性とは活用することで意味を持つのであり、その効果性によって能力の発揮度が評価されます。

私たちMBCCは世界で最も広くネットワークされている感情的知性のトレーニングツールとして、シックスセカンズ(本部:米国サンノゼ)のSEIを活用しています。その詳細は稿をあらためるとして、ここでは感情的知性を活用するための基本的な枠組みを共有したいと思います。

感情的知性は「感情を認知する」、「意図的に感情を選択する」、「選択した感情を活用する」・・・大きく分けると、この3つのフェイズで構成されます。

単にそれを知るのではなく、ビジネスの現場や日常生活において、特に“修羅場”と言われるような場面で発揮できることが重要です。しかし感情的知性の学習と実践のギャップに直面するのも、まさにここです。

 「それが大事なのはわかった」

「でも、いざその場面で実行することは難しい」

感情の理解と活用の間にあるギャップ

その場面・・・とは、人間に備わったサバイバル反応としての情動(身体感覚を伴う激しい感情)が湧き起こるときです。

このとき脳は、あっという間にドーパミンやノルアドレナリン、などの神経伝達物質が過剰に放出され、やがてストレスホルモンであるコルチゾールが血液中に放出されて脳にもどり、理性の働きが機能不全に陥ります。

このような脳内メカニズムの働きによって、その場面は、どうすることもできないものになってしまいます。

ポジティブ主義の横暴

ポジティブ主義の横暴

それでも感情的知性を鍛えよという立場からは、通り一遍の主張が繰り返されます。

落ち着いて自分の内面に生じている感情に気づき、望ましい結果を想定して自分の感情を調整し、その場に臨む。

後から振り返ればシナリオを描き直せるけれど、その瞬間に即興でシナリオを描きながら自分を最適化することこそが、感情的知性の発揮された状態です。

といったように。

ここに感情的知性を理解する大きな落とし穴があるように思います。

それは「感情を認知する」から「感情を選択する」へのプロセスが、自己抑圧を促してしまう危険性です。

ネガティブ感情をポジティブ感情に転換しよう、などと安易に考えると、こういうことが起きやすくなります。

「感情を認知する」プロセスで怒りや不安などの感情が内面にあることに気づき、感情的知性を学んでいる自分がこんなことではダメだと評価して、もっといい「感情を選択する」方向へコマンドする・・・。

繰り返していると、抑圧された感情はモンスターのように巨大化し、よけい扱いにくいものになってくることが研究で示されています。

こうしたことを強調し、“ポジティブ主義の横暴”に警鐘を鳴らすのが、ハーバード大学メディカルスクールのスーザン・デイビッド博士です。

感情的知性が発揮された状態が、恐怖や不安、怒りなどに駆動された状態でないことは誰の目にも明らかですよね。

しかし同時に、いつも楽天的であるとか、希望に満ち溢れている状態を前提にしているわけでもありません。

 もしも感情の認知⇒選択⇒活用が、四六時中ポジティブにふるまうことを前提にしているとしたら。

「頭では理解できるけど、それは無理だよね」

そう感じるのが、この行き先不透明で混沌とした世界で生きている多くの人々の実感ではないでしょうか。

ありのままの状態を受け入れる能力

ありのままの状態を受け入れる能力

スーザン・デイビッド博士は「くよくよ、不安になってばかりいるのも、いつも元気でいなければと決めつけるのも、どちらも杓子定規な在り方でいつか無理がくる」と言います。

 博士の研究によると、多くの人は否定的な感情を避けたがり、好ましい感情だけを求める傾向があるそうです。これは直感的にもわかる話だと思いますが、そうすることで決定的に失われてしまうスキルがあると指摘します。

それは、自分を取り巻くありのままの世界、その状況に対処するスキルです。それを感情の敏捷性=エモーショナル・アジリティと呼びます

敏捷性ということは、ただ単に気分の切り換えが早い(フレキシビリティが高い)ということではありません。いくつもの感情が心の引き出しに入っていて、怒りを感じたら「出てきちゃダメ!」とモグラ叩きのようにしまい込み、引き出しの隅っこに隠れている感情、たとえば信頼や愛情を「出てこい!」と引っ張り出す、ということではないのです。

エモーショナル・アジリティが発揮されている状態は、状況の的確な判断と対処が伴っている状態です。的確な判断とは、たとえば「いま自分は不安につつまれている」ことや、「いま自分を恐怖が支配しようとしている」など、たとえそれが歓迎できない状態であっても、ありのままに観察することが起点となります。

 高精度のGPSが作動するように現在地点がクリアになっていなければ、難しい進路をどのように進むべきかのナビゲーションは機能しませんよね。

ここに、感情的知性の理解と実践の溝を乗り越える鍵があります。

自分の周りや社会、世界で何が起きていて、それに自分の内的世界がどう反応しているのかを浮かび上がらせる。そして自己認識の解像度が高まることで、困難な状況で自分をなんとかしていく視点が増え、視野が広がってきます。

こうして的確な判断から対処への道、ほんとうの敏捷性=エモーショナル・アジリティが発揮されるのです。

エモーショナル・アジリティは開発できる

エモーショナル・アジリティ

痛みや苦しみ、喪失感や後悔の念など、拭い去りがたい感情と長く過ごすことを、私たちは人生で何度も経験するのでしょう。

それらにも好奇心を開き、勇気を持って受け入れようと博士は提案しています。

「より良い世界をつくるには、ストレスやネガティブ感情は避けられない」

目の前のビジネス、自分や家族の健康や将来のこと、将来展望や世界の今後、地球を取り巻く混沌と戦争、気候危機。

私たちは間違いなく不安と恐怖の中にいます。情報量や判断の仕方によって感じ方は違うでしょうが、少なくとも、ちゃんといま起きていることを観れば、誰もがけっして安泰とは言えない状況だと思います。

それらの感情を退けようとするのではなく、退けられないから立ち止まるのでもなく、恐怖を認知したまま前進しよう。そんな博士のメッセージに私は強く共感します。

それこそコーチが困難な世界を進もうとするクライアントと関係を築き共に歩いていくために、まず携えておきたい在り様ではないでしょうか。

最後に、朗報です。

 エモーショナル・アジリティは鍛えることができます。

 いま自分の内面にある感情を何となくではなく、正確に見据えるために書き出してみる。丁寧に感じ、丁寧に言語化していきます。

 こうして感情表現を増やしていくことで、アジリティを発揮するための神経回路の繋がりが強化されてきます。

さらに感情を示す単語だけではなく、感じたことをあるがままに表現していくジャーナリングを加えれば、好きではない感情にも向き合う好奇心をさらに養うことができます。

 つづけていくうちに、感情は生じていることを知らせてくれるデータであって、自分自身ではないことが実感としてわかってきます。データは司令塔ではないので、自分がその感情に従って動く必要はありません。

 ネガティブはNGでポジティブがGOODという幻想の世界を抜け出るところから、エモーショナル・アジリティの扉が開きます。

MBCCファウンダー 吉田典生