Mindfulness Based Coach Camp 典生人語

私たちがコーチングを“マインドフルコーチング”と呼ぶ理由(1)

吉田典生 投稿者:吉田典生 カテゴリー:典生人語

マインドフルコーチングの構造

最適の方法は状況と目的に依存する。

 これはエッセンシャルマネジメントスクールEMS)を主宰する西條剛央さんが説く『方法の原理』です。EMSは世界唯一の、物事の本質とは何かを学ぶ社会人スクールです。早稲田のMBAで教鞭を取ってきた西條さん自ら、「MBAよりずっと濃い」と仰っていました。

 さて、方法の原理とその背景にある構造構成主義については、古い記事ですがこちらがおススメです。西條さんが、どんなスンゴイ人かがよくわかります。

構造構成主義というのは、もう学問を紐解く学問というか究極のメタスキルに通じるもので、そこから導き出されたのが本質行動学。それを教えるのがEMSです。

 私は西條さんの立ち上げたEMS0期生として、コロナ禍前の熱気ムンムンなお茶の水の教室で、ありとあらゆる物事の本質を探究する濃密な時間を過ごしました。受講生のなかにはサイボウズの青野社長や作家の田口ランディさん、名前は控えますが日テレのアナウンサーの方なども。とにかく豪華な面々でした。

 私にとっては、ちょうどMBCC🄬の受講生が多方面に広がり始めていた頃で、自分たちのプログラムの本質を自らが再確認し、必要であれば見直し、より質の高い学びの場をつくっていくためのチャレンジに直面していた時期でした。

20年以上前にコーチングを学び始めた頃の同窓生で古い友人であるアリエルこと鈴木利和氏からの誘いに吸い寄せられ、この門を叩いたのでした。

あの頃、MBCC🄬を立ち上げてからアウトプットが続いていたなかで、あらためて自分を成長させる必要性をどこかで知覚していたのだと思います。当時のチャレンジの意味をできるだけ分かりやすく伝えるとするならば、次のようなことになります。

***********************************

いったんコーチングをそれなりに学びきり、実践しまくっていて、既にコーチングが意識下と無意識下に入り込んでいる人たちが学ぶ場から、そうじゃない人たちが質を落とさずに学べる場へ。

***********************************

 これはMBCC🄬として避けられないジャンプアップのための壁でした。

実践しまくっている人がさらに学ぶ場なんて必要なの?

そう思った人もいるかもしれません。いや、そのためにMBCC🄬の原型はできました。

 コーチングスクールで教えられるコーチングには、さまざまな方法論があります。メソッドといってもよいかもしれません。

みんななんらかの理由で数多あるコーチングの方法論から一つ、二つを選んで学びます。そしてどの方法論も、たいていそれがいちばん優れている(と露骨に言わないまでも)というような空気感のなかで、学習者はコーチングを理解していきます。

 

MBCC実質0期🄬の第1期

 

ここにどういうリスクがあるか、既にお気づきの方もいるでしょう。

ほんとうにコーチングは効果的なのか。だとすれば、どのようなコーチングのアプローチがいちばん優れているのか。

世間一般に聞きたい人が多いであろうこうした問いに対する答えは、実のところとてもシンプルです。

 コーチングは効果的な場合もあれば、ない場合もある。いちばん優れているコーチングは、そのとき、その人の状況と目的に適ったコーチングである。

私の“チャレンジ”に話を戻しましょう。

いったんコーチングを学びきり、ふだんから実践しまくっている人は、方法論は万能じゃないことを骨身にしみてわかっているのです。だからいったん学んできたことや、自分のパターンを手放して、初心の眼=ビギナーズマインドで探求しよう・・・という合意がとれます。

まあ実践しまくっている人全員がそうとは言いませんが、少なくともMBCC🄬に集まる人はそうでした。

しかしそれ以外の人々は、どうせならいちばん優れた方法を学びたいと思うわけです。学びきり、実践しまくっている人は、方法は同じでも使う人によって違うよね、ということは腹落ちしているか、腹落ちの手前くらいにはいます。

しかし経験がないとコーチングが属人化していくことも実感できないので、テキストやら上手な講師のプレゼンやらで理解できる「方法」のほうに引き寄せられます。そしてその人自身が闇雲に「方法」だけを追いかける、ということが残念ながらよく起こります。

私はそこに大きな問題意識をもっていました。いや正直に言うと、たまたま片手間で始めたMBCC🄬の原型の場で何が起きているかに気づき、いつの間にやらマインドフルコーチング🄬を発信していこう、ということになっていたのですが。 

つまるところ、マインドフルコーチング🄬は特定の方法ではありません。

それぞれコーチが身につけている方法論やコーチ自身の特性をリソースとしながらも、その制約をわきまえ、常にクライアントと最適の関係性を模索していくダイナミズムです。

マインドフルコーチングの構造

そもそも優れたコーチングの方法論は世界にたくさんあります。

そのうちのどれか一つ、あるいは複数をしっかりと学び、実践で磨き上げ、自分なりの改良を加え、自分の特性を理解して味付けしていけば、おそらく異なる方法論を通して一つのコーチングの可能性に収斂されていきます。

ここには方法論の優劣ではなく、学び方の深さや柔らかさ、実践を通した研ぎ澄ませ方といった個人に依拠する要素が非常に大きく横たわっています。

私が2013年にMBCCの原型であるコア・コンピテンシー・キャンプを始めた頃、マインドフルコーチング🄬という言葉に込めたのは、そういう思いでした。

しかし経験から暗黙裡に大事だと思っていることを共有できるのは、少なからず同じ世界に身を置いている人だけです。大事なのは方法ではないといっても、いずれかの方法を選ばなければならないし、その方法を大切に育てていくことが求められるのも確かです。

この知覚をどう言い表せばいいのか。さらに言えば、これは本当に普遍性をもって強調できることなのか。

そういう私の苦悩に対する明確な光となったのが、『方法の原理』という本質でした。

マインドフルコーチングは、マインドフルネスという言葉の本意である“気づき”を基盤としています。

 

いま自分とクライアントの間で何が起きているのか。

自分の内面にどんな影響が現れているか。

お互いの関係性はどう動いているか。

私たちを取り囲む環境や情勢はどう影響しているか。

相手はいまどんな状態で、どうエネルギーが動いているか。

このコーチングはどこへ向かいたがっているのか。

 

中国の古典である老子に、“人を導くということは人の後ろを歩くことに他ならない”という言葉があり、私はコーチングを学び始めた頃に出会って今も大切にしています。

この感覚が今となってはマインドフルコーチング🄬だったのだと、当時を振り返って思います。

コーチングで何でもできるわけではないので、ときにクライアントに対して無力さを感じることもあるでしょう。

しかしそのとき「できることがないことを知っている」ことは、それを自覚せず身につけたスキルで“コーチなのだから”何とかしようともがくより、多くの場合、効果的です。

人は人生でいちばん苦しい状況にいるとき、その場に心から共にいてくれる存在を通して、自分の生きる意味を感じることができるからです。

ほんとうは1回で書き終えようと思っていたのですが、マインドフルコーチング🄬に至る経緯だけでも、かなりボリューミー(和製英語ですが)になることがわかりました。あまりお腹いっぱいにさせてもいけないので、これから何回かに分けて書いていくことにします。

 

<きょうのまとめ>

マインドフルコーチング🄬は特定の方法論ではなく、あらゆるコーチングのアプローチを統合し、それぞれのコーチが自分らしく研ぎ澄ませていくための哲学的なダイナミズムである。